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深夜、恐怖映画いきなり始まる!

 深夜、退屈なバラエティ番組を観ていると突然画面が変わり、映画評論家が登場した。
「はい、突然ですが、臨時映画が始まります。びっくりですねぇ、驚きましたねぇ」評論家が解説を始める。
 映画のタイトルは「恐怖のゼリー」。

 幼稚園児くらいの男の子と女の子が、母の日のプレゼントに内緒でデザート作りをしている。ミルクたっぷりのゼリーだ。
 ところが原材料のゼラチン、実は宇宙から飛来した未知のバクテリアに感染していたのである。
 出来上がったゼリーは冷蔵庫の中でみるみる膨れあがっていき、ついには溢れ出てしまった。

 そんなこととは知らない家族は、のんきにテレビを観たり、ゲームをしている。
 異変に気がついたのは母親だった。
「何かしらね? キッチンでゴボゴボと音がするわ」
 彼女がそこで見たのは、部屋いっぱいのゼリー。ぶよぶよ、ぐつぐつと、成長し続けている。
 思わず悲鳴を上げようとするが、その口めがけてどっと流れ込んだ。

「さっきからママが戻ってこないんだけど、どうしたんだろうね?」父親が気にし始める。
「知らなーい」2人は口をそろえて答えた。
「パパ、ちょっと見てくるよ。なんだか、胸騒ぎがするんだ」
 様子を見に来た父親を待っていたのは、ゼリーの襲撃だった。抵抗をする間もなく、ゼリーの塊に飲まれていく。

 ゼリーの怪物はどんどん大きくなって、とうとう子供達のいる居間へと侵入してきた。
 2人の座っているソファーの足許に、何かぷるんっとしたものが染み出してくる。
「なんだろう、これ」男の子は指ですくった。ほのかに甘い香りがする。
「あっ、これって、昼間作っていたゼリーじゃない? 大変っ、冷蔵庫から漏れてきたんだわっ!」
 振り返ると、まるで高波のように押し寄せるゼリーが!
 家の中は、すっかりゼリーで満たされてしまった。

 いったん、CMが入る。

「こ、怖いなあ、ゼリー……」わたしは胸をバクバクさせながら観ていた。もう、ゼリーは食べられないだろう、と思った。割りと好きな食べ物だったので、残念でならない。寒天ならどうだろう? ゼリーと違って、植物性だから大丈夫じゃないかな。

 再び映画が始まった。画面に「それから数週間後……」というテロップが流れる。
 家は隅々まできれいに洗い流され、すっかり片付いていた。
「行って来まーすっ」子供達が元気にドアから出ていく。通学時間だった。
「気をつけてねーっ」母親が見送る。「あなたー、早くしないと会社に遅れるわよ」
 奥から父親の声が返ってきた。「なあ、クルマのキーはどこだっけ? ああ、あったあった。ほかに忘れ物は……」

 この間あんな出来事があったとは思えない、ごく日常的な風景である。

 そのとき、妻の叫び声が閑静な住宅街に響いた。
「あなた、危ないっ!」
 クルマに乗り込もうとした彼を、猛スピードで走ってくる別のクルマがはね飛ばしてしまう。

 妻は、やれやれというように首を振る。急いで家に戻ると、ホウキとちりとり、それにバケツを持って現れた。
 粉々に砕け散った夫を掃き集めながら、こう洩らす。
「練り固めて、一晩冷やさなくちゃ。あれ以来、わたしたちはゼリー人間になってしまったの。切られても撃たれても、決して死ぬことはないんだけど……」

 再び、映画評論家のすました顔が映し出される。
「はい、どうでした? 怖かったですねぇ、怖ろしかったですねぇ。これが恐怖映画なんですねぇ、超一流の恐怖映画。はい、すばらしいですねぇ……。それではまた、お会いしましょうね。ばいばい、ばいばい、ばいばいきんぎょ」

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