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X-トイレ

 ワシントンD.C.からはるばる、モレターとスカヘーがわたしを訪ねてやって来た。
「メールは受け取ったよ。詳しい話を聞かせてもらえるかな」あいさつもそこそこに、モレターは切り出す。
 内心、はて、なんのことだろう、と思って困ってしまった。そんなわたしを見て、変に気を回すスカヘー。
「モレター、ここではだめよ。いつ、誰に聞かれているかもわからないもの」
「ああ、そうだな。じゃあ、ぼくのクルマの中で」モレターは親指で通りを示した。白のフィットが停まっている。2人はそれぞれ運転席、助手席へと乗り、わたしは後部座席へと身を滑りこませた。乗るときに見たナンバーは「わ」だった。

「さあ、話してくれないか。『トイレの花子さん』のことを」こちらに身を乗りだし、モレターが尋ねる。
「トイレの花子さん?」わたしは反対に聞き返した。
「そうよ。あなたがくれたメールのことだわ。どこかの学校のトイレに出没する、そう書いてくれたでしょ?」
「あ……」思い当たることがあった。先週、暑くて眠れず、暇つぶしにネットで「都市伝説」を読みあさっていた。「トイレの花子さん」の噂があんまりゾクッとしたものだから、友人の桑田にメールを送ったのだった。
 アドレスを間違えてしまったらしい。
「あの、モレターさん、スカヘーさん」わたしはもごもごと言った。「あのメール、友人に送ったつもりだったんです。別にXファイルでもなんでもない、ただの『都市伝説』なんです」

「そんなことだと思ったわ。ねっ、だから言ったでしょ、モレター」スカヘーは肩をすくめてみせた。
 しかし、モレターは納得などしていない。
「いや、『トイレの花子さん』は間違いなく存在する、とぼくは思うね。いいかい、スカヘー。都市伝説というものがたんなる作り話だと考えていたら誤りだ。火のない所に煙は立たない、というだろ? これにはなんらかの超常現象が絡んでいるはずさ」
「モレター……あなた、疲れているのよ。こんなばかげたことに時間を使うなんて無駄だわ。帰りましょう、いますぐに」
「ぼくに心当たりがあるんだ。まず、そこへ行って確かめておきたい。アメリカに戻るのは、それからでも遅くはないさ」
 モレターの頑固さをよくよく知りつくしているスカヘーは、あきらめて譲歩する。
「いいわ。その代わり、何もなかったらそのまま空港へ向かうのよ。わかった?」

 モレターが向かったのは、伊豆半島の付け根近くに浮かぶ小さな島、淡島だった。
「ここからはフェリーで行くんだ」モレターはクルマを降りる。
 わたし達も後に続き、各自1,500円を払って、船賃・入場料込みのチケットを買った。
 船着き場には、フェリーというより、ポンポン船とでも呼んだ方がお似合いの、かわいらしい船が停泊している。
 窓際の席を陣取って、モレターが声を弾ませた。
「見ろよ、あの島の形。どう見たって、ピラミッドだぜ。ぼくの推測では、古代に異星人がここを訪れたんだ。そして、島の頂上にある神社。そこにこそ、全ての謎を解く鍵が隠されていると確信している」

「淡島にそんな秘密があったなんて」わたしは驚きを隠せなかった。
「神社の中には、150年もの間、1度も開かれることのなかったトイレがあるんだ。知ってたかい?」とモレター。
 わたしもスカヘーも黙って首を振る。
「そこに『花子さん』の本体が眠っていると見ている。つまり、その正体は――」
「ま、まさか、エイリアン?」わたしは声をあげた。
「そう。そのまさかさ。『花子さん』は異星人なんだ。日本各地を転々と飛び回り、その土地ごとに伝説を残していった。それがつまり、今日に残る都市伝説というわけさ」
 聞きしに勝る想像力だ。しかも、恐ろしいほど説得力がある。
 いっぽう、スカヘーはどう思っているのだろう。納得しているだろうか。

「モルダー」スカリーはうんざりしたような声を投げかける。「あなた、疲れているのよ……」

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