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遺跡から、座禅を組む人が見つかる

 滋賀県の遺跡から、生きた人間が発掘されたという。そのまま滋賀県立琵琶湖博物館に収められ、もっか展示中だそうだ。
 それを聞いて、好奇心旺盛な中谷美枝子が行きたいと言い出す。
「ねえ、むぅにぃ、一緒に行こうよ」
 遺跡も骨董品もあまり興味がなかったので、曖昧な返事をするが、
「いいでしょ? 絶対面白いって!」いっこう引く様子もない。根負けして折れた。

 東京から滋賀県までは路面電車で行くという。
「路面電車って、都電のこと? だって、あれは三ノ輪から早稲田までしか走ってないじゃん」わたしは首を傾げた。
「だから夜中に行くんじゃない。最終電車のあと、1本だけ滋賀まで行くやつがあるの。知らなかった?」
「ずっと東京に住んでるけど、それほんと?」
「ほんとだって。王子駅前から分岐して、そのまま走って行くの。通常の運行時間には隠れているレールが、アスファルトからもっこり出てくるのよ」
「都電だから、どこまで行っても料金は同じだよね」わたしは確認する。
「うん、170円で行けちゃう。夜中に走り出して、朝の9時半に着くわ。どう? お得だし、眠っていけば博物館の開館時間にぴったりでしょ」
 そういうわけで、わたし達は滋賀県の博物館へ行くことになった。

 いつもは11時に寝てしまうわたしだったが、夜中の0時ちょうどに王子駅前から出発するというので、眠い目をこすりながら起きていた。王子駅前に着いたのは11時40分だ。
「こんばんは、むぅにぃ」中谷はすでに電停で待っていた。
「だあれもいないね。ホームの電気も消えてるし、本当に都電は来るの?」とわたし。
「みんな知らないんだわ、きっと。それか、滋賀県へ行く用事のある人がいないんでしょうよ。いいじゃない、空いていて」
 雑談をしていると、三ノ輪方面からライトを照らしながら1両の都電がやって来た。
「王子駅前~、王子駅前~。どなた様もお忘れ物、置き忘れのないようご注意ください」都電の中には誰もいないのに、一応アナウンスしている。

 わたし達は料金を払って乗り込む。
「あたし達専用の都電みたいね」中谷がはしゃぐ。一番前の席を陣取って、そのままごろんと横になる。都電は、長い座席が向かい合わせに作られているので、こういうことも出来るのだった。
「むぅにぃも寝っ転がったほうがいいわよ。どうせ誰もいないんだから。一眠りしましょ」
 わたしも中谷にならって、横になる。ふかふかのシートが心地よい。 
 再び車内にアナウンスが流れた。「これより、琵琶湖までノンストップで運行します。なお、トイレは最後尾にございます」
「へえー、都電なのにトイレ付きなんだ」わたしは驚く。ふだん乗る都電とは、作りが違っていた。
「長距離だからね。さ、眠ろ、眠ろ」中谷の声はすでに眠そうだ。
 寝転んで揺れる手すりを眺めていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。

 朝日にハッと目を醒まし、体を起こして窓の外を見る。琵琶湖の周辺を走っていた。ほどなく中谷も起き出し、
「これが琵琶湖かあ。まるで海みたいに広いのね」と子どものようにはしゃいだ。
 運転士がアナウンスを流す。「間もなく琵琶湖博物館~、琵琶湖博物館~」
 時計を見ると、9時半。ダイヤ通り、開館時間ちょうどである。
 琵琶湖の縁まで来て、やっと都電は止まった。
「琵琶湖博物館前~、琵琶湖博物館前~。どなた様もお忘れ物、置き忘れのないよう、ご注意願います」
 わたし達は大きく背伸びをすると、身支度を整えて都電を降りる。目の前には近代的な建物がでんと建っていた。
「これが琵琶湖博物館ね。9時半開館だから、待たなくて済んだわ」
 料金を払って中に入る。
「企画展だから、ずっと奥のほうね」入り口でもらったパンフレットを見ながら、中谷がつぶやいた。

 企画展に足を踏み入れてまず目に入ったのは、中央に置かれた大きなガラスの展示物だ。
「きっと、あれよ」わたし達は駆け寄って中を覗き込む。坐禅を組んだ男が、小さく万歳をするような格好で鎮座ましましていた。
 両の目をカッと開き、真っ直ぐ正面を見据えている。手のひらと肘の部分にも目が付いていた。つまり、全部で6つの目があるのだ。
 この奇妙な人物は、40代のようにも90過ぎにも見えた。遺跡から発掘されたのだから、少なくとも数百歳、もしかしたら数千歳かもしれない。
 台座のプレートには「ラ・ハールト・シャー」と書かれていた。この人物の名前なのだろう。さらに説明書きを読むと、「ラ・ハールト・シャーになんでも聞いてみてください。あなたの未来をズバリと当ててみせることでしょう」とある。

「あたし、占ってもらおうっと」中谷はラ・ハールト・シャーの正面に立ち、「あたしの未来を見てちょうだい」と尋ねてみた。
 ラ・ハールト・シャーは低い声で答える。
「神はこうおっしゃっている。そなたは近いうち、金運に恵まれるであろう……」
 これを聞いて、中谷は小躍りをした。「やったーっ、金運だって! むぅにぃ、あんたも見てもらいなさいよ」
 わたしも、運勢を見てもらおうとガラスケースの前に立つ。6つの目がじいっとわたしを見つた。なんだか薄気味が悪い。
「神はこうおっしゃっている。そなたは近いうち、水難の相に遭うであろう……」

「やんなっちゃうな、もう」わたしはがっくりとうなだれた。
 東京に戻って数日、再び中谷が尋ねてくる。
「ねえ、むぅにぃ。福引き引きに行かない? ちょうど2回分の券があるんだけど」
「うん、行く行く」二もなく返事をした。
 商店街の福引き所へといき、まず中谷がガラガラを回す。コロン、と緑の玉が落ちた。
 スタッフが鈴をチリン、チリンと鳴らし、「大当たり! 4等の当選、1万円が当たりました!」
「やったーっ! むぅにぃ、あとでステーキ奢ってあげるね。こういうのはパアッと使っちゃったほうがいいのよ」

 続いてわたしが引いてみる。今度は紫色の玉が転がり出た。
「10等賞! 冷えた缶飲料2本プレゼント!」
 まあ、ポケットティッシュよりはましか。わたしはクーラーから缶飲料を2本取り出すと中谷に差し出し、「どっちがいい?」
「うーん、じゃあ、オレンジ・ジュースにする」中谷は缶飲料を受け取ると、シャカシャカとよく振った。
 わたしもつられて缶飲料を振る。すると、中谷が、
「あっ、むぅにぃ! それ振っちゃダメ!」
「えっ?」わたしが言うのと、プルトップを開けるのとはほぼ同時だった。勢いよくブシューッと吹き上がり、顔も服もびっしょびしょ!
「鼻に入っちゃったよう」
「それ、コーラだから振ったらだめじゃない」中谷は笑いながら言った。
 わたしはハンカチで顔を拭きながら、
「ラ・ハールト・シャーが言っていた水難の相って、これのことだったかあ……」

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