見出し画像

新発売の肉まん

 日が沈むと、涼しい風が吹き始める今日この頃。暑いうちは敬遠していたほかほかの食べ物に食指が動き始める。
「久しぶりに、肉まんでも食べようかなぁ」わたしは財布を持って、近所のコンビニへと出かけた。
 店の前では、なぜか店長がのぼりを担いで、宣伝活動をしている。
「新商品が出たよーっ! ほっかほかの新食感、その名も『はぐれ肉まん』だよーっ!」

「こんばんは」わたしは声をかけた。
「あ、どうも。いつも、ありがとうございます」
「あの、『はぐれ肉まん』、まだありますか?」
「ええ、たっぷり売れ残――いえ、在庫がありますよっ」店長は嬉しそうな声を出す。
「じゃあ、買おうっと」わたしは店に入った。
 レジのそばの蒸し器には、オーソドックスな肉まん、あんまん、ピザまんと並んで、いぶし銀の色をした商品が入っている。
 アルミの粉をまぶしたようなそれの前には、「はぐれ肉まん」というポップが貼ってあった。
 これか、新商品というのは。ぺしゃっと押し潰された肉まんにしか見えない。

「この『はぐれ肉まん』って、蒸し過ぎてこんなに潰れちゃってるんですか?」わたしは店員に尋ねた。
「いいえっ、とんでもない!」学生のアルバイトだろうか。わたしの問いに、大慌てで否定する。「もともと、こういう形をした肉まんなんですよ。本当なんです、信じてください」
「なんだか、かえってすみませんでした。そんなつもりで聞いたんじゃないんですけど。じゃあ、2ついただけますか?」見た目から食欲が失せてしまったけれど、申し訳ない気持ちになって、買うことにした。
「はい、毎度ありがとうございますっ」元気にそう答える店員。案外、今日が初めての売りあげかもしれない。あんな肉まん、普通の人は買わないだろうしなあ。

 店員が紙袋に詰めようとしたそのとき、「はぐれ肉まん」はいきなり逃げ出した。思いがけない素早さだった。
「あ、逃げた」とわたし。
「逃げちゃいましたね」店員までもが、あっけに取られて「はぐれ肉まん」の後ろ姿を見送る。
 「はぐれ肉まん」は、たまたま来た客と入れ違いに、開いた自動ドアから外へ飛び出していった。
「逃げた分のお代は結構ですから」そう言って、店員は次の「はぐれ肉まん」をトングで掴む。
「あ、待って」とわたし。「きっと、また逃げ出しますよ。今度は逃げられないよう、慎重にいきましょう」
「そうですね。ええ、そうしましょう」店員は「はぐれ肉まん」を一旦、蒸し器の中に戻すと、奥から縄を持ち出してきた。
「それで縛るんですか?」わたしは聞く。
「はい、そのつもりです。奴め、今度こそは逃がさないぞっ」

 店員は縄で輪を作り、そっと蒸し器の扉を開けた。
「それっ、捕まえた!」
 「はぐれ肉まん」は縄に捕らえられ、じたばたともがく。それを見て、ますます食べる気がしなくなった。
「ふう。さあ、縄を掴んで離さないでくださいね」
 店員から縄の端っこを手渡される。まるで、躾のできていない仔イヌでももらったようだ。
「よっしゃ、次っ!」店員が別の縄でまた身構える。
「あ、えーと。この1個だけで、もういいですから。さっき逃げていった分も払います」面倒になって、わたしは断った。
「そうですかあ、面白くなってきたんですけどね」いかにも残念そうだ。

 わたしは「はぐれ肉まん」に綱を引かれるようにして店を出る。
 店の外では、店長が相変わらずのぼりを振って営業をしていた。わたしの「はぐれ肉まん」を見ると、笑顔を浮かべてこう言うのだった。
「アシが速いので、すぐに召し上がった方がいいですよ」
 言われなくとも、もうわかってます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?