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親友から引っ越しのハガキが届く

 中学時代に仲のよかった友達から、懐かしい便りが届いた。

 〔お久し、むぅにぃ。ずいぶん長く会ってないね。元気だった? わたしなんて、ケガもなく、病気とも縁がないの。
 それでね、ちょっとわたしなりに色々と思うところがあって、引っ越したんだ。もしも近くまで来ることがあったら寄ってね。きっとだよ。
 永遠の友、みっしい〕
 
「うわあ、みっしいってば、ほんと何年ぶりだろう。それにしたって、季節感のないハガキだなぁ。ふつう、『残暑が厳しいけど』とかなんとか、書くもんだけど」差出人の住所を見ると、相模原とある。ここから電車で1時間足らずの場所だ。「北海道に行っちゃってたけど、関東に戻ってきたんだ。次の日曜日、行ってみようかな」
 中学を卒業すると同時に、家の都合で越していったみっしい。そういえば、神奈川に父方の実家があると言っていたっけ。きっと、そこに移ったのに違いない。

 日曜日、わたしは手土産に駅前の洋菓子店でマロン・グラッセを買っていった。みっしいの家に遊びに行くと、おばさんがよくこれを出してくれたのだ。
「クリを使ったお菓子っていっぱいあるけど、やっぱ、わたしはこれよ、これ。モンブランもクリキントンも嫌いじゃないけど、なんてったって素材を生かしたお菓子が好き。それも、そんじょそこいらのじゃダメ。駅前の、ほら昔っからある洋菓子店。あそこのが最高っ」
 そう言いながらかぶりついていたっけ。

 電車に乗り込むと窓際の席へ座り、かたわらに荷物を置いた。バッグからハガキを取り出して、もう1度目眺める。
 クラスの仲間と海へ行ったときのことを思いだす。泳ぎが得意なみっしいは、みんなが止めるのも聞かず、どんどん沖まで行ってしまった。
「みっしいってばっ、そんな遠くまで行っちゃ、危ないよーっ」わたしは心配になって、浅瀬から大声で呼んだ。
「だったら、ここまで来て、わたしを連れ戻してみなさいよー」そう叫び返してくる。
 わたしはほとんど泳ぎができず、ムッとしながらも、その場に立ち尽くすよりほかなかった。波が押し寄せるたびに、足の裏から砂がえぐり取られていく。くすぐったくって、どこかはかない気持ちになったことを、いまでもはっきりと覚えている。
「むぅにぃ、ほっときなさいよ。みっしいなら大丈夫。それに、ライフ・セイバーだって見てるんだし」ほかの友達は笑うのだった。

「けっこう、無鉄砲なところがあったなあ」くすっ、と笑いが漏れてしまう。
 その後みっしいは、調子に乗りすぎて、クラゲに足を刺されてしまったのだ。
「痛いよ、痛い、痛いっ」熱く焼けた砂浜に座り込んで、ミミズ腫れのできた脛をさすり、やかましく喚くみっしい。そらバチが当たった、と心の中でつぶやいたものだ。
 けれど、あんまり痛がって泣くので、しまいにはわたし達までもらい泣きしてしまった。
 電車に揺られている間、みっしいとの日々をあれこれと浮かべていた。これまで心の隅に置き去りにしていた分、まるで湧き水のように、次から次へと蘇ってくる。
 
 改札を出るとき、駅員に住所を尋ねる。
「ああ、ここですか。歩きだと遠いなあ。タクシーを拾えば、15分ほどで着きますよ」親切に教えてくれた。
 わたしはタクシーに乗って、ハガキの住所を告げる。

「はい、着きました」運転手が愛想よく言った。けれど、わたしは返事をするどころではなく、驚いて聞き返してしまう。
「ここなんですか?」
「ええ、ここが住所にある霊園ですよ」
「でも、でもっ――」どう言っていいかわからず、口ごもってしまう。
 ふいに悟った。そうだったんだ……。

 代金を払うとタクシーを降り、わたしは無数に立つ墓石を呆然と眺めた。
「まだ、泣きませんように。どうか、神様、お願いします」わたしの鼻頭は、とっくにキーンと痛くなっている。けれど、もうしばらくは大丈夫なはずだ。持たせなくてはならない。
 広い墓地を歩き回って、みっしいを探すのだ。涙で目が曇ってしまっては、何も見ることができやしないから。

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