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湯たんぽを買う

 寒くなってきたので湯たんぽを押し入れから出す。ところが、虫に食われて穴だらけ。
「わあ、こりゃひどい。さては鉄食い虫の仕業だな。ステンレスだから、大丈夫だと思ってたのに」
 仕方がないので、ホーム・センターまで買いに出かけた。
 この時期ともなると、入り口付近から奥へとかけて冬物が数多く並ぶ。ストーブや電気毛布、携帯懐炉、眺めて回るだけでポカポカしてきそう。
 湯たんぽのコーナーへ行くと、これまた豊富に商品が置かれていた。

「金属製は懲りたから、別の素材で選ぼうっと」
 ポリエチレンのものは、色も形もバリエーションが多く、見た目にも楽しげだ。けれど、すぐに冷めてしまいそうだ。
 陶器製のは渋くてかっこよかった。ただ、手に取ってみるとなかなかの重量。
「そのうち、きっと手を滑らせて落としちゃうな」たちまち粉々になってしまうだろう。そんな近未来のビジョンが、ありありと浮かんでくる。
 やっぱり、ポリエチレンか耐熱プラスチックのにするか、と決めかけたとき、「まったく新しいタイプの湯たんぽがついに登場! その名も『今夜もほっとっと』!」というポップが目に入った。

 ポリカーボネート製の湯たんぽで、スケルトンになっている。中で、大きなランチュウがひらひらと泳ぎ回っていた。
「なんで、湯たんぽでキンギョなんか飼ってるんだろう」脇の説明書きを読んでみる。

 〔南米産熱水キンギョが、一般家庭の水道水を体内から発する熱でお湯に変える! まさに究極のエコ・システムが誕生しました。電気代0! 賢い主婦は、みんな使っています!〕

 毎朝、1回、フタを開けてパン屑を撒いてあげるだけ、というから、手間もかからない。
「すごいじゃん。こんな画期的なのに、いままで見たことも聞いたこともないなんて、それこそ不思議だよ」わたしは積んである箱を取って、レジへ持っていった。

 部屋に帰って、さっそくパン屑を与える。湯たんぽはすでに暖かかったけれど、餌を食べ、ますます温度が上がってきた。
「今夜からはよく眠れそうだぞ」わたしは湯たんぽにほおずりをする。中のランチュウも、盛んに泳ぐ。

 何日かすると、水が濁ってきた。熱湯なのでコケも細菌もわかないけれど、キンギョのフンや食べかすが汚れの元となるのだ。
「そろそろ交換するか」取り説片手に、湯たんぽを流しへ空ける。「お湯は一気に捨てちゃってもいいんだ。『水がなくても、1時間は生きられます』って書いてある。すごいじゃん、このキンギョ」
 ハイポとか入れなくていいのかな、などと考え事をしているうち、湯たんぽを傾けすぎてしまった。あっ、いけない! と気づいたときには遅く、ランチュウも一緒に排水口へ流してしまう。
「あー、もう。また、熱水キンギョ、買ってこなくっちゃ」わたしは溜め息をついた。

 その晩は、湯たんぽなしで寝なくてはならなかった。ところが、思いのほか寒くはない。いや、それどころか暖かかった。
「もうすぐ冬だっていうのに、こんな日もあるんだなぁ」
 とにかく助かる。
 朝になっても、まるで床暖房が効いているかのようにポカポカだった。
「いくらなんだって、これは変だぞ。ただごとじゃないよ」さすがにおかしいと感じ始める。
 近所で、人が集まって話す声が聞こえてきた。
「下水が沸騰してるって? どうしてまた」
「下水だけじゃないですよ、川も池も、煮えて泡が立ってます」
「えらいことになった。こりゃ、大変だぞ」

 そんなやり取りを窓ガラス越しに眺める。
「川の生き物はみんな死んじゃってるだろうなあ。熱水金魚ならへっちゃらだろうけど……」
 

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