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銀行強盗を企てる

 友人の桑田孝夫がにこにこしながらやってきた。
「どうしたの、何かいいことでもあった?」とわたし。
「いやいや、これからあるんだ。なあ、むぅにぃ、大金がほしくねえか? 1千万、いや1億っ」
 びっくりして、桑田の顔をまじまじと見た。前からおかしいと思っていたが、ここに来てついに頭の回路がショートしてしまったのだろうか。

「いったい、どうしたっていうのさ」熱がないか確かめようと伸ばすわたしの手を払いながら、桑田は続ける。
「よせよ、おれは正気だって。それより聞けよ。なあ、いまから3丁目の銀行を襲いにいかねえか。ついさっき、現金輸送車が入っていくのを見たんだ。たんまりと金が取れるぜ」
「とんでもないことを言いだすねっ。そんなことをしたら、牢屋行きじゃん」わたしはあきれる。
「捕まれば、だろ? 捕まりさえしなりゃ、何も問題はない」
 言われてみれば確かにそうだ。
「なら、やろう」わたしは同意した。

 手ぶらというのもなんだし、銃を持っていくことになった。桑田が近所のオモチャ屋で水鉄砲を買ってくる。
「これをマジックで黒く塗っときゃ、遠目にはわからんだろう」
「素顔のまま襲撃したら、防犯カメラにまるわかりだね。目出し帽っていうんだっけ? そういうのは持ってきてない?」わたしは聞いた。
「あいにく、そんなしゃれたもんはないなぁ。でも、うちの母親の履き古しのストッキングなら、ほらっ」ポケットから、まるめたストッキングを取り出す。
 わたし達は頭からストッキングをかぶり、銀行に向かった。

 黒く塗った水鉄砲を高くかかげながら、2人して銀行に押し入る。
「銀行強盗だっ。大人しくしていれば、危害は加えない。さっさと、金を出せっ!」
 数人いた客達は驚いて互いに顔を見合わせたが、ここは逆らわないほうが賢明だと判断したらしく、隅のほうに大人しく固まった。
 カウンターの向こうでは、行員たちが席から立ちあがり、静かに見守っている。責任者と思われる年配の男が部下に、「ありったけの現金を持ってくるように」と指示する。

「何もかも順調だね」わたしは桑田にささやいた。
「ああ、準備万端整えてきたからな」桑田も満足そうに答える。
 行員の差し出したジュラルミン・ケースを2つ受け取ると、パカンッと開けて中を確かめる。見たこともないほどの札束が、ぎっしりと詰め込められていた。
 わたしたちはそれぞれ1ケースずつ手に取り、用心しながらゆっくりと出口に向かう。

 こんなにうまくいくのなら、もっと早く銀行強盗をしていればよかった。
誘ってくれた桑田に感謝の気持ちを伝えようと、振り返る。
「ねえ、桑田。あのさ――」桑田の顔はストッキングで引きつっていて、出来損ないのキツネのお面そっくりだった。
「んあ、なんだ?」
 わたしはぶっと吹いてしまい、はずみでジュラルミン・ケースを落とした。蓋が開いて、札束をぶちまけてしまう。

「おまっ、何やって……」桑田はわたしの顔を見るなり、やはりぷはっと笑い出し、同じくお金をまき散らしてしまった。
 それを見るや、行員も客達も一斉に向かってくる。札を拾い集めている暇などなかった。
 わたし達は、一目散に逃げ出す。

 公園まで逃げ切り、はぁはぁと息をつく。
「もうちょっとだったのになぁ、はぁはぁ……」桑田は喘ぎながら言った。
「桑田が変な顔をしてるから、はぁはぁ……」わたしは文句をぶつける。
「まあ、それはお互い様だ。ストッキングは失敗だったぜ、はぁはぁ」
 ポケットに、札らしき物が1束あることに気づく。
「しめた、残っていたよ。100万円くらいはありそう」ポケットから引っぱり出した。

「なんだ、そいつは株券じゃねえか。それも、おととい倒産した会社の」桑田ががっかりした声を漏らした。
 言われてよく見れば、「フワァエイ株式会社株券」とある。
「ちぇっ、こんなの紙くずじゃん!」
 わたしは株券を公園のくずかごに放り込んでやった。

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