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みずがめ座からのチラシ

 今日もまた、空からチラシが舞い落ちてくる。みずがめ座の方向、11.3光年彼方にある三重連星を星系とする惑星「アクア」で印刷され、太陽風に乗って地球へとやって来るのだ。
 チラシには、美しい青い星が写真入りで紹介されている。

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 桑田孝夫と、駅に続く道を歩いていた。
「この辺りも、すっかり歯抜けになっちゃったね」そこはかとない寂しさを感じながら、わたしは独り言のように話しかける。
 みんな、新天地を求めて、地球を出て行ってしまったのだ。
「だな。あっちこち空き地だらけ。商店街だって、うちのおやじがおれ達くらいのときには、めっちゃ人がいたらしいぞ」
 その商店街も、いまや数えるほどしか歩いていない。たまに人を見かけると思えば、降ってくるチラシを掃き集める清掃員くらいなもの。味気ないグレーの制服姿で、来る日も来る日も道端を片付けていた。
「掃いても掃いても、どんどん積もるよね。あれじゃキリがない」わたしは言う。「あのチラシの山、焼却して発電設備の足しにするらしいけど、集めるだけでお金がかかりすぎて、結局赤字らしいじゃん」
「向こうの星の管理局に文句言って、ばらまくのやめてもらえねえのかな?」桑田は憤慨した。
「無理だよ。地球だって、国同士で治外法権があるんだし、なんてったって、よその星なんだからさ」

「それにしても、そんなにいいのかねえ、あっちは」
「きれいなところらしいよ。環境破壊も始まってないし、惑星丸ごとが1つの自治体だから、平和が約束されてるしさ」わたしも、内心では憧れを抱いている。「それに、地球からとっても近いじゃん。心変わりしても、戻ってこられない距離じゃないんだよね。それがやっぱり、人気の理由だろうなぁ」
「近いっつったって、お前。片道で40年くらいかかるじゃねか。いまから契約したって、迎えの船が来る頃には、おれなんか、じじいになっちまってるぜ」
「どっちにしたって、うちはお金ないしなぁ。土地買って、家を建てるでしょ? それだけで1億円以上かかるしさぁ」わたしはため息をついた。
「ま、おれ達には夢物語だよな」
「うん。せいぜい、この地球を住みやすくしていくくらいなことしかできないよね」

 夜、お風呂に浸かっていると、色々なことが浮かんでくる。
「ここんとこ、町内に新しいビルがぜんぜん建たないなぁ。不動産関係も、みんなあっちへ資金を移していくんだろうな」
 近所に数件あったコンビニも、軒並み潰れてしまった。こちらは移転というより、人が少ないので、売り上げが伸びなくなったためである。
 アスファルトも、いたるところひび割れたり、陥没したままだ。修繕しようにも、予算がなかなか下りない。人口がどんどん減っているのだ。支出が収入を遙かに上回ってしまっている。
「どうなっちゃうんだろう……」ブクブクと鼻の下まで湯船に沈ませる。不安でいっぱいだった。

 テレビでは、トーク番組でもワイドショーでも、しばしば今後の課題について語られていた。
「現在の勢いで人口流出が続くと、国家として成り立たなくなる国も出てくるはずです」
「それは、アフリカなどの小さな国でしょうか?」
「いえ、むしろ先進国と呼ばれている地域からでしょう。転出には相当な資金が必要なわけで。日本なども、資産を持つ個人、企業がひしめいていますから、まっさきに憂慮すべきかもしれません」
 ネットでも色々と噂が流れている。
 ヨーロッパやアメリカの都心部などに人を集中させ、優先的にインフラの整備を行う。人が住むのに不便な場所はもう放っておいて、社会そのものを縮小してしまおう、そんな計画が検討されているというのだ。
 噂はしょせん噂に過ぎないけれど、現実を見れば、あり得ない話ではなかった。

 電車を初めとする各種交通も、一昔前のひなびた地方のように、日に数本という有様。
 娯楽にしたところで、まずテレビがつまらなくなった。そこそこ稼いでいる芸人は向こうに土地を購入して、続々と脱出してしまうからである。
 ハリウッドでは、もうここ数年、大作を作っていなかった。制作費もなければ、出演する俳優がそもそもいないのだ。
 過去に作られた映画を借りてきて観るくらいしか、身の回りに楽しみがない。
 かろうじて、携帯などの通信網は保持されているものの、これだっていつサービスを終了するかわからなかった。
「いっそ、電気も何も止まってしまえばいい」半ば、ヤケになってそう思う。大昔の人々が不自由なく暮らしていたのだから、できないはずはない。初めの数年は、きっと骨が折れるだろうけれど。

 ある日、噴水公園まで桑田に呼び出された。物心ついた頃からいつも一緒だったこの古い友人が、今日はなんだか遠く見える。
「いったい、どうしたのさ?」
「あのな、むぅにぃ――」口を開くのも億劫そうだ。「おれ、次の日曜日に、旅立つことになった」
 しばらく声が出なかった。
「それって、惑星アクア……のことだよね?」もちろん、わかりきっている。
「ああ。な、おれも知らなかったんだ。ほんとだ、すっとぼけてたわけじゃねえ。それだけは信じてくれ」
「別に疑ったりなんかしないって。よかったじゃん、行けて」冷静な口調に聞こえるよう、できるだけ努めた。
「おれのじいちゃん、若い頃に予約してたんだとよ。将来、宅地開発が進んで、分譲されたら移るって。で、じいちゃん一家と、おれら家族で行くことになったって、急に聞かされたんだ。そんな大事なことを、いまのいままで、ずっと黙ってやがって……」それっきりうつむいてしまう。

 わたしはなんと言っていいかわからなかった。これまでも、空き地が増えていく様を幾度となく見ている。そして今度は、桑田の家が消えるのだ。いつもの道を通って遊びに行ったとしても、子どもの頃から入り浸った馴染み深い家は、もうそこにない。
 町はこれから、もっともっと寂しいものになっていくだろう。いずれは例の噂の通り、どこかの国に強制移転されられて、小さな世界から仕切り直しをすることになるに違いなかった。
 
 ふと、想像してみる。
 あらゆる生産は激減し、開発は滞る。うち捨てられた土地はほったらかしになり、そのうち自然へと還っていく。
 けれど、人は決して滅びたりしないだろう。わたし達は、自分で思うより、ずっと強い。
 また繁栄し、再び広い地球へと散っていくはずなのだ。
 いっぽう、「惑星アクア」は発展を極め、住みにくくなっているかもしれない。
 そのときは――そのときこそ、また人々が戻ってきてくれるはずだ。
 豊かに蘇った、この地球という星に。

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