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失くした手袋が戻ってくる

 外から戻ってきて、手袋が片っぽないことに気づいた。暖かくなったので、オーバーのポケットに突っ込んだのだが、どこかへ落としてしまったらしい。
「あー、お気に入りだったのに」グレーのフリースで、甲に赤い仔ネコのワンポイントが付いていた。
 両方いっぺんに失くすのならまだあきらめもつくが、片方だけ残っているのが、かえって癪だ。もう、取っておいても仕方がないのだけれど、捨てるのは惜しい。
 
 休みの日、喫茶店で中谷美枝子と会った時、そのことを話した。
「それだったら、町外れの雄三さんに尋ねてみたら?」
「雄三さんって、廃品回収をしてる、あの?」わたしは確認する。
「そう、その雄三さん。町中の道端は、雄三さんの庭みたいなもんなんだから」
「でも、町内は広いよ? それに、たかが手袋のことなんて、いちいち覚えてるかなぁ」わたしは懐疑的だった。
「あら、知らないの? 雄三さんの別名は『拾う神様』っていうんだから」
「何それ?」そんなあだ名は聞いたこともない。
「ここいらって、よその町と比べてきれいだと思わない? それもそのはず。だって、雄三さんが朝から晩まで屑拾いをしてるんだもん。あの人にかかっちゃ、丸めた鼻紙だって、1分とそこに残っちゃいないよ」
 まるで、ロボット掃除機みたい。

「ダメ元で、ちょっと寄ってみようかな」中谷の話を聞いているうち、期待できそうな気がしてきた。
「そうしなさいよ。あたしも一緒についてってあげるから」
 喫茶店を出ると、さっそく雄三さんのところへ向かう。
 昔、貨物列車専用の引き込み線があった原っぱの近くに、雄三さんの廃品置き場はあった。当時の倉庫を買い取って、そのまま使っている。
 わたし達はその敷地へと入っていった。倉庫の外まで、ガラクタが山と積まれている。雄三さんは、いくつもある山の隅で片付け物をしていた。
「こんにちは」中谷が声をかける。雄三さんは振り返って、片手を挙げる。
「やあっ」
「中谷って、雄三さんと知り合いだったの?」わたしは驚く。
「前にね、携帯を落として拾ってもらったの」

 雄三さんと会うのはこれが初めてだった。もっと老けているかと勝手に想像していたが、ずっと若く、日本人離れをした顔つきをしている。
「いらっしゃい。どうしたんだい? また失くし物かい?」雄三さんは、首にかけたタオルで汗を拭いた。
「実はそうなんです。友達が、手袋を落としたらしくって」中谷が言う。
「昨日の昼過ぎだと思うんです。1丁目の本屋へ行った帰り、どこかへやってしまって」わたしは詳細を説明した。自分でもどこで落としたかなんて、はっきりわからない。知っていれば、拾いに行っていた。

「あ、それって、灰色ので、赤いネコの刺繍が入ったやつ?」雄三さんが聞き返す。
 わたしと中谷は、口をぽかんと開けたまま、思わず顔を見合わせた。
「ええ、そうです、そうです。その手袋です!」わたしは雄三さんに向き直って、何度もうなずく。
「よかった。あれは君のだったか。倉庫に置いてあるよ。さ、取りに行こうか」雄三さんは、自分こそうれしそうな足取りで、倉庫へ向かってずんずん歩き出した。
 わたし達もそのあとをついて行く。
「ねっ、あたしの言ったとおりでしょ?」小声で中谷が言った。
「うん、びっくり。まさか、拾っておいてくれてたなんて」

 倉庫は奥までびっしりと物が詰め込まれている。こちらは、すでに修理の済んだ物、これから修理をする物ばかりが並んでいた。
「ひっ散らかっていて、申し訳ないね」雄三さんが頭をかきながら通路を案内する。それほど雑多とは思わなかった。中古販売店として、このまま解放してもいいくらいだ。
「昨日、コンビニの真ん前に落ちてたんだ。これだろ? 君の手袋って」
 机の電気スタンドに、グレーの手袋片っぽがクリップで挟まれてぶら下がっていた。ポスト・イットが貼ってあり、日付とともに、こう書かれている。
 〔1丁目コンビニ前にて拾う。落とし主は今頃、きっとがっかりしているだろう〕 
 雄三さんはクリップから手袋を外し、わたしに手渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」わたしは、心から礼を言う。感謝の気持ちでいっぱいだった。
「どういたしまして」と雄三さん。
「よかったね、むぅにぃ」中谷がわたしの肩を、ぽんぽんと叩く。

 廃品置き場から帰る途中、わたしは中谷に言った。
「雄三さんって、まるでサンタクロースみたい」
「一足早い、クリスマス・プレゼントってわけ?」
「うん。でも、手袋のことじゃなくてさ、温かい気持ちにさせてくれたって意味でね」
「わかる」中谷はこくんと頭を振る。「実際、サンタクロースなのかもしれないよ」
「どういうこと?」わたしは聞いた。
「あの修理した品物見たでしょ? どれもぴかぴかにされて、まるで新品みたいだったじゃない」
「高く売れそうだね」
「ばかね。全国の貧しい家の子に贈るのよ。クリスマスの晩にねっ」

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