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その名も「ソーシャルファームピネル」
こんにちは、ZOOMでいつもどんな顔して入っていいか分からないムーディです。
▲大体このフォーム(左手をあごに添えて口半開き)で入室します。
6週連続連載!毎週火曜日更新。「新卒で日本最古の精神障害者福祉工場に入職した男」シリーズ第1弾。2020年6月2日からはじまり、2020年7月7日最終回予定。よろしくですー!!
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2020年4月3日。この日は僕がソーシャルファームピネルで働き始めてちょうど3年がたった日。この日から私の「ソーシャルファームピネル歴」と「社会人歴」と「福祉職歴」と「和歌山歴」が4年目を突入した。
▲地域の溝掃除で無理矢理楽しい感じを出すムディオ
5年前までは勉強そっちのけでアメフトに打ち込む学生で福祉に全く興味のなかった男が、今和歌山県和歌山市の田井ノ瀬駅(和歌山駅の1つ隣)の近くにある社会福祉法人一麦会の就労継続支援A型B型のソーシャルファームピネルで働いている。
なんかこの「ソーシャルファームピネル」は日本最古の精神障害者福祉工場らしい。
「え?福祉工場って何?」
となる人もいるかもだから説明すると以下の通り。
福祉工場とは・・・福祉工場とは、作業能力はあるが、一般企業に雇用されることが困難か、または、就業できないでいる障害者が、就労し、生活指導と健康管理の下に健全な社会生活を営むことを目的とする施設。福祉的『雇用』であるものの、労働関係法規の適用を受ける事業所であり、利用者ではなく、きちんと雇用関係を結んだ「従業員」として働くことになる。
なんか難しそうなこと書いているけど、労働関係法規の適応を受けるので最低賃金以上払わないといけない。法律が障害者自立支援法になってから「福祉工場」という制度は今はない。ただ、最低賃金を払うという点のみでみると現在の就労継続支援A型に近い。
実際に法律が変わった今、ピネルの位置づけは福祉工場から就労継続支援A型B型と変わり、運営している。
精神障害者が最低賃金以上で働くことができる施設全国第1号。1995年に認可された全国初の精神障害者の福祉工場。
それが私の働くソーシャルファームピネルという場所だ。
ここで働いていると
「ソーシャルファーム?畑?」
ということをよく言われる。
ソーシャルファームって何?
ピネルって何?
そんな名前の由来と名前に込められた思いを記したい。
ソーシャルファームピネルってなんぞや?!
1.「ソーシャルファーム」「ピネル」ってなに?
「ソーシャルファームピネル」とはまず、
「ソーシャルファーム」と「ピネル」を繋げた言葉である。
(1)ソーシャルファームとは?
世の中には
・障害者
・難病患者
・高齢者
・母子家庭の母
・引きこもり、ニート
・刑務所出所者
・薬物依存症
・ホームレス
など自分に合った適切な仕事に就くことが困難な人がいる。
ソーシャルファームとは福祉的就労でもなく、一般就労でもなく、今あげた当事者の働く場の創出という社会的目的をビジネス手法で実施する第3の就労のことである。
福祉的就労と違うのは「地域の中」「一般労働者と共に」「一般労働者と同一の処遇」という特徴。
ソーシャルファームは当事者に就労する場を提供するのみならず、ビジネス手法で経営することにより市場で競争できる優れた製品、サービスを生産し、一般労働者と同一の処遇を受けることができる。また、特定の当事者だけの場ではなく、地域の人と共に地域の一員として仕事をおこすと言う意味合いがある。
「障害者の働く場」とかではなく、「地域の人が働く場」という意味合いが強い。それがソーシャルファームである。
(あとでまた出てくるから覚えておくように!)
(2)ピネルとは?
さてさて、ピネルとはなんぞや。
ピネルの由来はフランスの精神科医「フィリップ・ピネル」から来ている。「フィリップ・ピネル」って誰やねん?!と思いの人もいるかもしれないが、精神障害者の医療、人権の歴史の中ではこの人抜きでは語れないぐらいの超有名人である。
1793年。当時精神医学も全く進んでいなかった当時、精神障害者は病院で鎖に繋がれているような処遇を受けていた。今となっては考えられないが、この当時はこれが当たり前であった。しかも、これは「治療」が目的ではなく、「治安維持」が目的で繋がれていた。この鎖で繋がれる前は魔女狩りとして精神病者は迫害を受けていたぐらい、精神障害者の処遇は最悪だった。
パリにあるビセートル精神病院でも例外ではなく、精神障害者、精神病者は治安維持の目的として鎖に繋がれていた。
そんな中、鎖から精神病者を解放した人がいた。これがフィリップ・ピネルである。
▲ソーシャルファームピネルに飾られている絵。鎖から解放される精神病患者たち。
「精神障害者は病人であり、悩める人類に対して与うべきあらゆる思いやりを受けるに値する」
「治療の原点は自由になることだ」
と言い、当時家畜以下同然であった精神障害者に対して人道的見地から治療を試みた。
フィリップピネルは隔離、拘束、迫害が当たり前だった精神障害者を鎖から解放した初めての医者であった。
(ここもあとで出てくるから覚えておくように!)
2.「ソーシャルファームピネル」という名前に込められた思い
和歌山県にできた日本で最初にできた精神障害者福祉工場「ソーシャルファームピネル」。この名前に込められた思いとはなんだったんだろうか?
(1)ピネルにある秘密の部屋
突然だが、実はピネルの廊下には日頃開かれることのない秘密の部屋がある。
これだ。小さい扉で屈まないと入れないぐらい小さい。
屈みながら部屋の中に入ると何やら地下に埋まっているものがある。
一見木の枝のように見える。ムディオも最初に見たときは木の枝だと思っていた。しかし、これは木の枝ではない。
アップにしてよく見てみると何やらトゲのようなものがたくさんある。
そう実はこれ、鉄格子である。これは過去、和歌山県のとある精神病院の窓に実際に張り巡らされていたものであった。
これを窓にぐるぐる巻きにしてあることで精神病者を病院から閉じ込めていたのだ。
さて、この鉄格子。精神病や精神障害を知らない人がこの鉄格子ぐるぐるの病院を見たらどう思うだろうか。
「あの病院ではとんでもなくやばくて危険な人が入院しているに違いない」
「精神病や精神障害者は怖い」
「あの病院には近づきたくない」
と思うことだろう。
このようにこの鉄格子は精神障害者の偏見を助長していたのである。
今はこのようにピネルの地下に埋められて保管されている。
(2)自らの手で鉄格子から解放され、社会的自立ができるだけの賃金を
1980年代当時。日本では精神障害者は病院に収容されていることが当たり前になっており、地域で病気と共に生活していくということはあまり考えられていなかった。精神障害者は一生鉄格子ぐるぐるの病院の中で死ぬまで生活するのが当たり前であった。
また、地域で生活するにしても社会的自立ができるだけのお金を稼ぐことができる働く場がなかったことから親の援助を受けざるえない生活を送っていた。
当たり前のように地域で生活して
当たり前のように働き、
当たり前のように一人暮らしができるだけのお金を稼ぎ、
当たり前のようにご飯を食べ、
当たり前のように恋愛をして、
当たり前のように余暇を楽しむ。
精神障害ある人、ない人関係なく、地域の中で社会的自立ができるだけの働く場を共に作り上げていくという「ソーシャルファーム」を目指して。
「ピネル」のように自らの力で鎖を断ち切り鉄格子から出て地域で生活していく。
「ソーシャルファームピネル」の名前の由来はこのような先人の思いから出来ている。
3.おわりに
そんなソーシャルファームピネルができて25年。
当たり前のように地域で生活して
当たり前のように働き、
当たり前のように一人暮らしができるだけのお金を稼ぎ、
当たり前のようにご飯を食べ、
当たり前のように恋愛をして、
当たり前のように余暇を楽しむ。
複数人そんな生活を送る人が実際にいて、なんと職場の中で結婚をして寄り添って地域で生活している人もいる。
▲映画にもなりました!
社会的自立ができるだけの賃金。ソーシャルファームピネルは就労継続支援A型B型であり、年間売り上げは1億円である。全国の作業所の年間売り上げが平均で956万円ということから、平均の10倍近く稼いでいることになる。
年間売り上げ1億円稼ぐ作業所、ソーシャルファームピネル。次回はその仕事内容、システムを記していきたい。
それではグッバイオンザビーチ!
#作業所 #ソーシャルファーム#障害者#社会的自立#精神
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