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お茶好きの隠居のカーヴィング作品とエッセイ-昔ばなし

14.カワセミ

カワセミのカーヴィング作品

翡翠(ひすい)

青き弾丸一つ、青黒き水面(みずも)を打つ時、
魚(いお)ひとつこの世より消ゆ。
水辺の恐怖、ターミネーター翡翠号ここにあり。
但し、魚(いお)の身命は姿を変え、新たな翡翠を生成す。
元素は消ゆること無し。 悠久の流転あるのみ。
はるけき時空よりこの星屑に漂着したる原形質は我につながる。
Hērakleitosよ、貴方は正しかった。
我が身命も又、異なることやある、姿を変え悠久の流転を続く。
灰よりよみがえる phenix のそれとなりて。

長歌:夏の一瞬

新緑の 若葉きらめく
谷川に 吾(あ)が釣り落とし
山女魚(やまめうお) 魚鱗きらめく
山女魚 逃げよ逃げよと
あふれども 吾が笑声(しょうせい)を
消す瀬音 砕ける水の
とどろくに 水恋鳥(みずこいどり)の
高らかに 負けじと聞こゆ
その声に 吾が心満ち 今が過ぎ行く

反歌

残された西日もわずかになりぬれど
猶も輝きひかる渓谷

Kingfisher

Many times, the blue bullet hits a target in water.
A lot of fish has vanished with great slaughter.
It is a terror bird to the fish in the stream.
A kingfisher reminds us of the Greek myth.

Alcyone came to know the death of Ceyx in her dream,
That lead her to kill herself in Hera’s scheme
To create kingfishers as their reincarnations therewith.
The words, ’Halcyon days’ are derived from this tale.

Real kingfishers’ lives differ from the folktale.
The cliff above the river is kingfishers’ quarter,
That is the real nest place of Aiolos’ daughter,
Not on the seawater.

英語には ”Halcyon days “ という言葉があります。 Halcyon はカワセミのことで「冬至前後の穏やかな1週間」を指します。 この由来は次のギリシャ神話にあるそうです。 
明けの明星 Phosphoros の子 Ceyx と風の神 Aiolos の娘 Alcyone は仲睦まじい夫婦ではあったが傲慢で、自分達を Zeus と Hera に例えていた。 それを怒った Zeus は二人に色々と罰を与えたので、恐れをなした Ceyx は Apollon の神託を得るための船旅に出るが、難船して死んでしまう。 Hera は哀れに思い、Alcyone が夢で夫の死を知るように取り計らったところ、悲しんだ Alcyoneは自分も海に身を投げてしまう。 Hera は死んだ夫妻を共にカワセミに変えてやった。 風の神 Aiolos は、自分の娘のカワセミが海上の浮巣で卵を孵す冬の1週間は海上で風が荒れず波を鎮めるようにした。 
それが Halcyon(=Alcyone) days だというのです。
但し実際には、カワセミは海上に浮巣を作ったりしません。 その繁殖期も3~8月で冬至の頃ではありません。 水上に浮巣を作るのは水鳥のカイツブリの仲間位のものですが、彼らも巣が流れないように葦などに巣を固定します。 カワセミは川の土手や崖などに1mもある長い横穴を掘って、その奥に卵を産みます。 その際、自分が吐き出した魚の骨を敷いて産座とします。 土中に卵を産むのは鳥の祖先である爬虫類と同じで、卵も爬虫類のものと同様に真っ白です。 カワセミはそういう原始的な鳥なのです。
実際のカワセミの生態から見れば、出鱈目としか言いようのないこの話も、そんな事には一向に関心を持たない詩人や文学者にとっては十分、創作欲を刺激してくれる伝説だったようです。 
イギリスでは John Milton、John Keats、Percy B. Shelley 等の錚々たる連中が、この伝説に基づく詩作をしています。 ヨーロッパでは古来よりこの話が人口に膾炙していた、という事でしょう。

そのヨーロッパではカワセミの体色につき次の伝承が有ります。
カワセミは元々地味な灰色の鳥であったが、ノアの洪水に際して雨が止んで箱舟から出て飛んでいたところ、晴れた青い空が反映して背中が青く染まり、次には沈もうとしていた夕日がその腹に当たり今度は腹が赤くなった、という単純なお話です。 つまり、ヨーロッパに居るカワセミと日本に居るカワセミは同じ色の同一種だということです。 英語名は Common kingfisher ですが、英国ではこの1種類以外のカワセミは見られないそうですから、わざわざ ”Common” という形容詞を付ける意味が無いように思います。 

日本で見られるカワセミ類は美しい鳥ばかりです。 一番多く、普通に居るカワセミには空色がかった個体と緑色がかった個体がいますが大体において雄が空色、雌が緑色のようです。 但し、どちらも似たような色だし、ほとんど同じ色のペアも居るので厳密な見分け方ではありません。 雄・雌のもっとハッキリした差は嘴の色で、雄は上下の嘴が共に黒ですが雌の下嘴は赤いのでそれで区別が出来ます。
我が国では、普通のカワセミの他に3種類の仲間が観察されます。 ヤマセミ、アカショウビン、ヤマショウビンです。 「ショウビン」はカワセミの別呼称「セミ」は勿論カワセミのセミですから、ヤマセミとヤマショウビンは同じ鳥ではないか、と言いたいところです。 ところが、実は違う鳥ですからややこしい。 こういう紛らわしい名前は付けないで貰いたい、と思うのは私だけではないでしょう。 ヤマセミは全身を白黒斑の鹿の子模様で飾っているのでカノコショウビンとも言います。 ヤマショウビンとハッキリ区別するためにも、姿を表現するためにも、この方が余程良い名だと私は思いますが標準和名はヤマセミです。 大きさは鳩と同じ位ですから普通のカワセミよりはズーと大きな鳥で、水面すれすれに啼きながら飛ぶ姿は中々迫力があります。 頭には立派な冠羽があってそれ故、英名はCrested kingfisherと言います。 色が白黒だけですが、それはそれで綺麗で目立つ鳥です。
名前の紛らわしいヤマショウビンは、日本海側の島々、津島、隠岐等に少数、春、秋にだけ見られる旅鳥とのことです。 他に南西諸島にも来るそうですが、とにかく私は実物を見たことがありません。 写真で見ると、背中と尾羽根が群青色、頭と肩が黒、首と胸は白、腹はオレンジ色の美麗な姿です。
アカショウビンは名の通り、全身ほとんど赤尽くめで、大きな嘴と足が特に鮮やかな赤色です。 ずんぐりしていて色も姿も唐辛子みたいだから南蛮鳥という別名がある位です。 南蛮は唐辛子のことです。 初夏、山が美しい新緑に覆われる頃、美しい渓流の傍らで美しい赤い鳥が美しい魚、ヤマメを捕り、音量のある美しく甘い声で啼きますから、「美し」尽くめで絵になる光景です。
その他にも、もう少し詩的な別名として「水恋鳥」というのが有ります。 これは次の伝承に由来するそうです。 
この鳥は病気の母親に水を飲ませようとしなかった親不孝な娘の生まれ変わりで、谷川の水面に張り出た木の枝に留まって水を飲もうとすると、晴れた日には自分の真っ赤な姿が川面に映り水から火が燃え立っているように見える。 それで怖くなって逃げ出してしまい、水が欲しくて仕方がないのに水が飲めない。 しかし、曇った日には己が姿の水面に映ることも無く安心して水が飲める。 それで、この鳥は曇った日を好むようになり水恋鳥の名が付いた、というのが大体のお話の筋です。 実際、アカショウビンは曇った日には良く啼くのです。

日本でカワセミの仲間が詩歌に登場することは、現代の作品は知りませんが、古来の作品ではそれ程多く有りません。 古事記には「そに鳥の青き御衣」という表現が有って「青い」の枕詞に「そに鳥」すなわち、カワセミが使われていますがそれ位のものです。 アカショウビンは例外で、上記のような美しい光景を現出するためか、いくつかの例があり、多少ともロマンのある鳥と言えましょう。 例えば平安朝の女流歌人、伊勢の私家集である「伊勢集」にはプレイボーイ歌人、平 貞文が伊勢との間に交わした歌が載っています。 貞文は彼女をめぐって時の権力者、藤原時平と争い、恋には勝ったものの時平により政治的には失脚させられた男です。 貞文が「夏の日の燃ゆる我身のわびしさに、水乞鳥のねをのみぞ鳴く」と詠み、それに対して伊勢は「いたずらにたまる涙の水しあらば、これして消てと見すべきものを」という返歌で応じています。 この歌は貞文が主人公である平仲 (平中) 物語にも、対応するものが見られます。 もう一つこの鳥を歌った例を挙げれば、西行法師がその歌集、山家集で「山里は谷の掛樋のたえだえに、水恋鳥の声聞ゆなり」と詠じています。

米国には3種類の仲間 Belted kingfisher,  Green kingfisher,  Ringed kingfisher がいますが、Common kingfisherは生息しません。 だから、米国で King fisher というと上述の3種の内のどれかで、いずれも我が国のヤマセミに近い種類で大型です。 一番小さい Green kingfisher でもムクドリ位の大きさがあります。

カワセミ類の学名はその科名を[Alcedinidae] と言い、Alcyone に由来しています。 また属名にズバリ、Halcyon が使われている例としてはアカショウビンの学名が [Halcyon coromanda]、ヤマショウビンの学名も [Halcyon pileata]です。 又、kērulos は Ceyx のギリシャ綴りで、これに由来する [Ceryle] が Halcyon 同様にカワセミ類の属名に使われています。 北米の3種のカワセミの学名は Belted kingfisherの学名 : [Ceryle alcyon]、Ringed kingfisherの学名 : [Ceryle torquate]、Green kingfisherの学名 : [Chloroceryle americana] で、いずれもCeryleが属名に使われています。


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