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金魚掬い (冒頭一文は空音 / Hug feat.kojikojiより引用)

『パンイチ小僧が走り回る地球はエイリアンによって侵略されました。』

中学生の頃、クラスで流行っていた歌がまさか本当になるとは思わなかった。突然やってきたエイリアンは、瞬く間に地上を支配した。僕らは裸にされ、エイリアンが建設したドームの中に集められた。ドーム上部には窓が付けられていて、外の天気や昼夜がわかるようになっていた。不思議な素材で出来ている壁のおかげか、内部は常に春先のように暖かかった。食料は一日に二回十分な量が降ってきた。ドーム内のあらゆる場所に落ちてきたし、欲張る人間がいても尚皆に行き渡る量だったので、争いは起きなかった。


僕らはどうやら何かしらの選抜を受けているように思われた。スタイルが良く黒子がない人が何十名か選ばれ宇宙船へ連れて行かれることが、数日おきに続いた。それが何十回続いた後からか忘れたが、ある日、ドーム上部の窓から大きなアームのようなものが飛来してきた。そいつは逃げ惑う人々を掴んでは宇宙船の中に連れて帰っていった。不思議とアームが狙う人間にはあまり規則性がなく、まるで捕まえること自体が目的かのようだった。神の手は二ヶ月半毎に数日間続けてやってきて、一日に百人以上を空に開いた窓から連れ去った。


 僕の癒しは高一の夏祭りでとった金魚のデメだった。ペットをドームに連れてきている人は割と珍しくなかったと思う。食料は十分に配給されていたし、ドームは異様に広かったので特に不満をいう人もなかった。そもそもこんな状況では不満など言っても仕方ない。みんな何かに縋るしかなかったのだ。デメを眺めている時間だけは嫌なことを忘れられた。


 そんな生活を続けて一年ほど経ったある日、ドームの中である噂が広まり始めた。宇宙船に連れて行かれると、エイリアンの寵愛を受けることになるというのだ。柵の中で生活し、たまに散歩の機会が与えられる。そして毎日のように体を弄られるらしい。腹わたが煮えくり返るようだった。僕の彼女は既に宇宙船に連れて行かれていた。そんな人権を無視したような生活を強いられていると考えると、殺された方が幾分かましではないかと思われた。


 僕は絶対に捕まらないでやろうと決めた。噂には続きがあって、何年かするとこのドームは開かれて、僕らは外に出られるようになるという。ドームにはおよそ隠れられる場所はなかったが、本気で走れば案外アームに捕まることはなかった。 


 時が経つと、自ら捕まりに行く人も現れ始めた。先の見えない不安に押しつぶされることに耐えられなかったのだ。僕は必死に走った。アームの来ない期間にはトレーニングをして、アームの来る期間は鍛えた脚力を披露した。アームに捕まらないようにアームの動き方を研究することもした。走りやすいようパンツも作った。とても忙しい日々だった。しかし、アームに捕まらないよう努力している間は、余計なことを考えずに済んだ。


走り続けて五年が経ったある日、ドームが大地を震わせて崩れ始めた。ついに、ついに解放されるのだ。当初の四分の一ほどになったドームの住人皆で歓喜に震えた。しかし、希望に満ちた僕らの眼前に現れたのは、緑が根こそぎ奪われた大地に延々と連なる、巨大な棺のような建造物だった。地獄まで続きそうな穴がその隙間を縫うように口を開けている。ふと、もうずいぶんデメに餌をやっていないことに気がついた。水槽を見に行くと、案の定骨だけが残っていた。

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