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呑んだくれ

 去年ぐらいまでアパートに白人のおじいちゃんが住んでいた。引退した白人の常で、掃除のおばちゃんのような現地妻がいた。年金か退職金で暮らしていたのだろう。気が向けばクミン入りの見事なライ麦パンを焼いてはお裾分けしてくれたものだ。

 ただ困ったことに彼はアル中だった。暴れたり大声を出したりはしなかったが、毎晩、小便とウンコを垂れ流すまで呑み、失神してそのまま眠るという、現地妻のおばちゃんには面倒をかける呑兵衛だった。

 しばらくして彼とおばちゃんはパタヤへ引っ越していった。たのしみにしていた少し酸味のあるライ麦パンはもう食べられなくなってしまった。

 そんなある日かみさんから聞いた。「あのおじいちゃん亡くなったらしい。お酒は怖いね」

 思うに彼には何か深く辛い苦悩があったのだろう。それも酒で溶かすしかないような類だ。

 堕落して、毎夜脱糞失神するまで呑み、酒で身体がボロボロになって死んだのは本望だったに違いない。もしかすると安堵すら感じながら逝ったのかもしれない。周りには迷惑だが、ある意味男の生き様というか死に方だよな、と少し羨ましく感じたのも事実だ。

 パタヤは今日も日が暮れてゆく。猥雑な街中にはwith コロナの白人たちがだいぶ戻ってきていて、バーに座って酒を呑みながら夕陽を眺めている。みんな何かを背負っているだろうが、ケ・セラ・セラで過ごすのも、堕落するのもいいなぁとふと思うのだ。


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