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2023.4 良かった新譜

The Burden - Terminal

 カナダの4人組ポスト・ハードコアによる2023年4月14日リリースの3rdフルアルバム。リスナーからはUnderoathやSilversteinといった00年代スクリーモのリバイバルとして捉えられており、実際彼らもハッキリとその影響を公言している。だが個人的には、神経質にボイシングされたコードや裏メロの単音フレーズを涙ながらに鳴らしつつ、へヴィなリフ&ブレイクダウンを繰り出しながらエモいハイトーンクリーンを臆面もなく放つ楽曲を聴いて、「Counterparts + Blessthefall」という式が思い浮かんだ。つまり、00年代エモの再演というよりは、そこに端を発しそれぞれの道に進んだ10年代以降のシーンを再び手繰り寄せ、「Terminal」(=終点)という名の下に一つにまとめ上げようという意志が、その音にある。
 ところで、11曲目の「I Hope That When the World Comes to an End, I Can Breathe a Sigh of Relief」のサウンドは興味深い。ボーカルもギターも入ってない、あくまでインタールードに過ぎない一曲だが、それでもUK Drill風な仄暗いビートをこの手のアルバムで聴けるのは珍しいのでは? もしバンドアンサンブルにこの手札が加えられたら、強力な個性になるでしょう(大きな路線変更を迫られることにはなると思うけど)。


Cicada the Burrower - Blight Witch Regalia

 アメリカはウィスコンシン州マディソン出身のブラックメタル・プロジェクトによる2023年4月7日リリースの6thフルアルバム。Cameron Davisのソロプロジェクトで、本作は前作のリリース以降彼女が経験したホルモン治療によるセクシュアリティの変化や、それに伴うトラウマや希望をテーマにしている。
 ブラックメタルが今日において最も先鋭的な音楽ジャンルであるということには、"その筋の人"からすれば異論はないだろう。それを聴きつけたニュービーが、名盤と名高いDarkthrone「Transilvanian Hunger」を聴き、音質の悪さに拍子抜け。二度とブラックメタルを聴かなくなる。
 というのは勝手な想像だが、もし実際にそのような経験をした人がいるならば伝えたい。その粗悪さこそ、(オリジネーターの意図を超えているにしろ)ブラックメタルが現代の音楽シーンを進化させる鍵なのかもしれないと。
 「Blight Witch Regalia」の楽曲たちは、その秘術にあまりにも自覚的な響きを有する。ガラケー以下の解像度でブラックメタルとブレイクビーツ・アンビエント・トリップホップ・ダンジョンシンセ・シューゲイズ等を溶かし混ぜ合わせる本作は、ある種のクロスオーバーがあえて整理しない・クリアにしない・輪郭をボヤかすといったローテク化により実現されるということの証明であり、多様なインプットを経た音楽家をブラックメタルやシューゲイズ、ノイズといったけったいな分野に向かわせる神の力の可視化だ。


elliebell - epiphanies tore through

 アメリカのプロデューサーによる2023年4月14日リリースの1stフルアルバム。2022年5月から翌年4月にかけて制作され、全編が彼女のベッドルームで録音されている。
 ミッドウェスト・エモ影響下のクリーンアルペジオとacloudyskyeやJaronのようなダイナミックなエレクトロを融合させたLo-Fiなインディートロニカ、といったような説明が本作の見出しとなるだろう。しかし、どうにもそれだけでは説明できない掴みきれなさもある。彼女の音楽にはライブハウスの埃臭さも、地平線の向こうからやってきて我々を包む風の心地良さも、都市の喧騒もスクールバスでの肩身の狭さも感じられない。その代わりに、実際にあったか定かではない過去へのノスタルジーと、画面の向こうの仮想世界へのノイズがかった憧れがある。10分超の#5「estates like home」は、その奥行きの欠如した独特のスケール感を美しい旋律で見事に描き切っている。


Enter Shikari - A Kiss for the Whole World

 イギリスの4人組エレクトロニコアによる2023年4月21日リリースの7thフルアルバム。
 リリース直前の来日となったKnotfest Japan 2023でのステージはとにかく素晴らしかった。圧倒的に整理されたサウンドデザインと、Rou Reynolds(Vo.)の享楽的なダンス・パフォーマンス。ロックのダイナミズムと内省的レイヴの交差。延期前から購入していたチケットで2日目のみ参加予定だったのだが、彼らを一目見たいという思いで直前に1日目の参加を決めたのは正解だった。「👏👏👏」でおなじみの代表曲「Sorry You're Not a Winner」をリミックス版でプレイしたのは賛否両論だったようだが、この新作アルバムを聴けば、その選択が彼らの現在のモードを反映した必然的なものだったことがわかるだろう。
 ポスト・ハードコアシーンのリスナーとして以前から彼らを知りつつも、本格的に入れ込み始めたのは2020年の前作「Nothing Is True & Everything Is Possible」がきっかけだった。同作はラウドロック版「A Brief Inquiry into Online Relationships」とでも呼ぶべき構成美と越境性が印象的な傑作で、その流れを汲むならば、今作は「Notes on a Conditional Form」と「Being Funny in a Foreign Language」の中間に位置するようなアルバムだ。前作で開墾した新たな土地を耕しながら、トランスコアのパイオニアという自身のパブリックイメージとも真っ向から対峙。リード曲を3連発で繰り出す圧巻の幕開けから最後までキャッチーなメロディーが貫かれつつ、よりストレンジで非バンド的なサウンドを探求し続ける。歩んできた道への誇りとまだ見ぬ己の可能性、その双方への自信に満ちた一枚。そんな作品が、デビュー16年目にしてバンド史上初のUKアルバムチャート首位を獲得したのは、今年の音楽シーンで最も明るいニュースの1つと言っても良いのではないだろうか。


fromjoy - fromjoy

 テキサス州ヒューストンの4人組メタルコアによる、2023年4月28日リリースの2ndフルアルバム。
 過渡期にあるバンドの眼差しを示した意欲的なEP「away」を経て、とうとう覚醒を果たした。Vein.fm以降のマスコアとドラムンベース〜ブレイクコアが交差し、Vaporwaveのアトモスフィアと融け合う。そのトリニティの組み合わせがどのような過程で決められたかは不明だが、その食い合わせにやけに確信的な自信があるような、ピンポイントな選択だ。まるで実際に未来で鳴らされてる音を知っているかのように。肉体を手離しながらも官能的なサイバー・メタルサウンド。水槽に浮かぶ脳が思い描くモッシュピット。


Jonah Yano - portrait of a dog

 広島出身で現在はカナダ・モントリオールを拠点に活動するシンガーソングライターによる、2023年1月27日リリースの2ndフルアルバム。全曲にわたりBADBADNOTGOODとのコラボレーションで制作が行われている。
 繊細な歌唱と叩けば割れてしまいそうな儚いメロディーは、Sen Morimotoの楽曲を彷彿とさせた。演奏・アレンジは、そんな彼の心情に寄り添うように温かみのあるジャズ・フォーク・ネオソウルをアコースティックに絡み合わせているのだが、しかしその音色達が各々意思を持って歌い出し、熱を帯びていく様がなんとも胸を躍らせる。先日、映画「BLUE GIANT」を観たばかりなので、ジャズがアツい音楽だということは知っている(つもりだ)けど、本作の「閉ざされながらも情熱的」な空気感は独特で、もっともっとその世界に踏み込みたくなる魅力がある。


PoiL Ueda - PoiL Ueda

 フランスのアヴァンプログPoiLと薩摩琵琶奏者の上田純子による2023年3月3日リリースのコラボアルバム。
 プログレ〜エクスペリメンタル・ロックと鎌倉時代から続く日本の伝統音楽・平曲を、時代も国境も超えて同一線上に並べるというとんでもない、というか意味のわからない発想で作られた一枚。何もかも未知すぎて面白いしめちゃくちゃカッコいい。エクスペリメンタル・琵琶法師。プログレッシブ・お経。Djent風回帰的リズム構造の上で語られる壇ノ浦の戦い。
 日本好きのメンバーによる趣味的な作品なのかと思いきや、2組でバリバリツアーもしまくってて凄い。伝統音楽の継承者でありながらこのプロジェクトに積極的にコミットする上田純子、カッコいいな〜。


Ясность(Yasnost / Lucidity) - Минское море(The Minsk Sea)

 ジョージアの3人組がスクリーモシーンの人気レーベル・Zegema Beach Recordsから3月28日にリリースした1stフルアルバム。
 OrchidとMisery Signalsを足して2で割ったみたいな激情&叙情エモバイオレンス。刹那的な疾走だけでなく、メロディックなフレーズを随所に差し込んでくるアレンジがニクい。怒涛のドラミングに圧倒されるカオスなパートと静かに涙を流すようなアルペジオのコントラストに胸が引き裂かれる。バンド名もアルバム名も曲名も読めないしコピペしないと検索もできない音源に出会うと、インターネットが世界を繋いだように見える現代でも言語の違いによってここまで我々は隔たれる物なのかと、ある種の無力感を覚えたりもするのだが、しかしサウンドだけでエモーションが伝わることは同時に救いでもある。7曲11分の凝縮された感情爆発。


V.A. - HYPERFLIP OVERTURE

 ネットレーベル・Lost Frog Productionsから2023年3月リリースされたコンピレーション。そのジャンル/スタイルの成り立ちや定義については下記ツイートに明るい。

 しかし、門外漢からすると、このアルバムから受ける印象はとにかく「すごい音MAD」の一言に尽きてしまう。ぼっち・ざ・ろっく!もジブリも同じ星で起きた出来事にしてしまうマッシュアップ。新旧問わないJ-POP、アニソン、ボカロ楽曲、アニクラ的アンセムと、時代にシミを残していった数々のミームが混ざり合う極彩色の音世界が、「弾幕」の残像と重なる。YouTubeにアップされたコメント付きの音MADや「歌ってみた」を違法ダウンロードしてウォークマンに入れ聴いていた中学生の自分と、27歳の自分が結ばれる。淫夢ネタが盛り込まれまくった楽曲はどうしてもスキップしたくなってしまうのだが(そんな悪しきカルチャーを、俺の大好きなチャットモンチーの「染まるよ」と接続するなよ)、その悪趣味さも全て飲み込むインターネットの濁流の凄まじいパワーに圧倒されるのもまた事実ではある。オタクのエモい走馬灯。

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