見出し画像

2022.1 良かった新譜

Ado / Age of Apocalypse / Anxious / Bonobo / Comeback Kid / C.O.S.A / Enterprise Earth / LustSickPuppy / Mikau / Posterboy 2000 / Slowbleed / Wiegedood / 蒼山幸子 / 宇多田ヒカル

Ado - 狂言
(Album, 2022.1.26)

 「うっせぇわ(Giga Remix)」や「踊」を聴いた時から、AdoとReolに共通する武器を(上記2曲を手掛け、Reol楽曲に多数参加しているGigaを介し)感じていた。それは、歌唱の延長に作品が生まれるというより、自身の声を素材として作品を作り上げるような、ボカロ〜歌い手世代特有の過度にキャラクター化された歌唱表現やコラージュ感覚なのだと思う。
 満を持してリリースされた本作もまた、「音楽的にまとまりのない楽曲を魅力的な歌声で引っ張っていくデビュー作」という点で、Reolの「虚構集」との類似が見られる作品と言える。しかしそれと同時に、自作詞曲のみのその作品を「虚構集」と名付けたReolと、ライティングには一切関わらずに「狂言」と名付けた(或いは名付けられた)アルバムを完成させたAdoの間には決定的な違いがあるようにも感じられる。
 つまり、Reolは楽曲と自身を掛け合わせた値を最大化させるために声(=個性)という素材を使いこなす。一方のAdoは、楽曲の固有性をそのままパッケージするためであれば素材の味がしなくなることも厭わない(だから「うっせぇわ」を歌うのはMVに登場する「うっせぇわちゃん」だ、と誰もが自然にイメージする)。Adoは、本作中最もクセのないナンバーである#6「会いたくて」の歌唱に最も苦戦したという。
 時に「何故自分はボーカロイドじゃないのか」と想うAdoの主体性の無さは、鏡面のようだと思う。Adoの前に楽曲が立つ時、そこには楽曲しか映らない。リスナーがAdoを見つめても、リスナー自身しか映らない(それは「共感」と錯覚される)。AdoがAdoに向き合おうとも、そこに映るAdoは虚像に過ぎない。
 「うっせぇわ」にあそこまでの情念を込めて歌えるのは、皮肉にも「うっせぇわちゃん」とは対照的な、徹底的に自己を捨てることができるという才能に恵まれたAdoだけなのかもしれない(Adoは「うっせぇわ」発表当時は高校生だし、本来感情移入できるはずがない)。
 「狂言」収録楽曲の制作において、クリエイターとAdoの間でのコミュニーケーションは一切なく、Adoは与えられた楽曲を歌唱することに専念する形となったらしい。そのことをAdo自身がどう捉えているかはわからないが、結果的にAdoの特異性を存分に味わうことができるアルバムになったことは間違いない。
 国語の授業で聞いた狂言の用語「シテ」と「アド」の語感に惹かれ付けた名が、奇しくも主役の「シテ」を支える脇役の意味であると知ったのは後のことであったという。Adoはこれからも「アド」なのか、「シテ」としての道を開くのか。4月に初のライブもあり(否が応でも主役になる場!)、これからも、いやむしろこれからこそ、目が離せない存在だと思います。
 ちなみに、アルバム曲だと小林太郎みたいな歌唱をしたりする比較的ストレートなギターロックである#4「FREEDOM」や、おかしな音響とフロー重視のおかしな歌詞でアルバム中でも異彩を放つ#7「ラッキー・ブルート」が個人的にはお気に入りで、「うっせぇわ」の人でしょ?くらいの解像度の人にもオススメです!
 また、文中の多くの記述はSpotifyの音声解説プレイリスト「Liner Voice+」を基にしたもので、こちらもAdoの人間性がよくわかる(或いは全くわからない)非常に面白い内容なのでぜひ聴いてみてください。


Age of Apocalypse - Grim Wisdom
(Album, 2022.1.21)

 ニューヨークの4人組による2nd。メタリックなハードコアだが、クリーンボーカル主体。そのVo. Dylan Kaplowitzの、モッシュピットを見下ろし仁王立ちするかのような堂々たる佇まいを感じさせる歌唱が素晴らしい。ほどよく空間を感じさせるサウンドメイクも心地良い。ところで、「May The Peace Be With You」というセリフでアルバムが幕を閉じるのはThe Weeknd「Dawn FM」と同じだけど、この一致は偶然?


Anxious - Little Green House
(Album, 2022.1.21)

 コネチカット州フェアフィールドの5人組による1st。昨年Run For Coverからリリースされたアルバムが記憶に新しいハードコアOne Step Closerのメンバーが2名所属している。エモ?ハードコア?インディーロック?ポップパンク?その全てでありながらどれでもない。どれでもいい。AnxiousをAnxiousたらしめているのは、軽やかさと煌びやかに輝くメロディで、その最たる結実がドリームポップ的な一面まで見せるラストトラック「You When You're Gone」だろう。Pale Wavesライクなコーラス部分をはじめ、この曲は全てが美しすぎる。


Bonobo - Fragments
(Album, 2022.1.14)

 イギリス出身プロデューサーによる7th。聴いていて頭に浮かぶのは、アートワークの通り、美しい自然や開けた空間のイメージ。これは気のせいかもしれないけど、楽曲によってキックが若干モタッとしている印象があって、それが作品にどこか有機的な質感を与えているように感じる。


Comeback Kid - Heavy Steps
(Album, 2022.1.21)

 カナダ出身の大人気ハードコアパンクバンドによる、5年振りのリリースとなる7thアルバム。自分は(ミーハーながら)Wake the Deadが世界で一番カッコいい曲の一つだと思っているんだけど、本作はそれに勝るとも劣らないキラーチューンがこれでもかというほど目白押し。とにかく速く効くヘヴィミュージック。
 2016年に、Misery Signalsとのカップリングツアーでの来日の際、新宿ACBでライブを観たことを覚えている。当時はハードコアのショウを見慣れていなかったこともあり、ステージとフロアの境がわからなくなるほどの爆発的な盛り上がりに驚かされた。このアルバムの曲もぜひ、ライブで聴きたい...。


C.O.S.A. - Cool Kids
(Album, 2022.1.12)

 愛知県知立市出身のMC。ハードコアな一面やボースティングも見せつつ、弱さを隠さないリリックに胸を打たれる。特に#11「Ghost Town」ではパンチラインを連発。「俺の心は秋の空みたい」というフレーズには男性性に対する鋭い目線を感じるし、「俺は曲を書くたびに涙が出る/だから誰のスタジオにも行かない」のラインには一発でやられてしまった。強さと孤独さが同居する一人の人間が作ったアルバムとして、統一感のあるトラックの選択が為されている点も素晴らしいと思う(FNMNLのインタビューによると、アルバムのためにオーダーしたトラックはないらしい)。


Enterprise Earth - The Chosen
(Album, 2022.1.14)

 アメリカはワシントン州スポケーン出身のデスコアバンドによる4th。今月は年始早々デスコアシーンにおけるビッグリリースが立て続けにあったが、中でも出色の出来と言えるのではないでしょうか。というのは、別に他のバンドをディスりたいわけではなく、僕のような非デスコアヘッズにもアピールする力のあるアルバムだということです。
 1時間超えの大作でありながら、それぞれ異なる聴かせ所(メロシャウト、無音ブレイクダウン、エピックなギターソロ、チャグいリフ、スラッシュメタル的疾走など...)を散りばめ飽きさせない構成は見事で、より広いフィールドへの野心とメタルへの愛のどちらを欠くこともなく作り上げた快作。


LustSickPuppy - AS HARD AS YOU CAN
(EP, 2022.1.21)

 Machine Girlの楽曲への参加経験もある、ニューヨークのソロアーティスト。ボーカルスタイルはDeli Girlsを彷彿とさせるが、ガバ要素などを取り入れた攻撃的なサウンドはテクノパンクというよりAtari Teenage Riotのようなデジタルハードコアか。怒りだけでなく、より屈折した混乱や混沌をも描く叫び。
 Spotifyで、本人作成のプレイリストが公開されている。

 同シーンで活躍するDeli Girlsから、TORIENA〜Jesus Piece〜自身の楽曲を「ANGER」というタイトルで串刺すセンスに痺れると同時に、そら俺がハマるわな...という納得感もある。ちなみに、Deli Girlsの「I Don't Know How to Be Happy」は僕のオールタイムベストの一つですので、是非聴いてみてください。


Mikau - Abandonware
(EP, 2022.1.14)

 ワシントンD.C.出身のエレクトロニコア。現行激情ハードコアの至宝・Infant IslandのドラマーAustin O'Rourkeを擁している。ちなみにInfant Islandの「Beneath」は僕のオールタイムベストの一つですので、是非聴いてください。
 で、本作はなんといっても#2「Spellglow」でしょう。ハイテンションなハッピーハードコアにハイトーンなエモ的ボーカルを乗せるという、大胆不敵で革新的な一曲。音割れしたキックと共に駆け抜ける2分間で、歴史に埋もれた凡百のエレクトロニコアもといピコリーモバンド達に大きな差をつけてしまった。


Posterboy 2000 - PB2K!
(Album, 2022.1.14)

 LustSickPuppyとも共鳴する、ニューヨークのソロ・シンセパンク。前述のプレイリスト「ANGER」にて知りました。ニンテンドーDSやSwitchを用いて楽曲制作をしている...とだけ聞くと驚きだが、実際に聴いてみると確かにゲームで作られた音でしかない。チップチューンで組み立てられたハードコアパンクの上で、男が叫ぶ。#8「NYPDK」でトラップメタルみたいなことに挑戦してはいるものの、全体を通して作曲にこれといった新鮮さはなく、チープ極まりない仕上がり。なんだけど、これが不思議とクセになる。どこが優れているのか?と言われると回答しにくいんだけど、代替不可能な引力がある。


Slowbleed - The Blazing Sun, A Fiery Dawn
(Album, 2022.1.14)

 カリフォルニア州サンタポーラ出身5人組による1stフル。デスメタルの邪悪なリフワークを骨組みにしつつ、ビートダウンハードコアの肉体的な展開から、ヒロイックなリードやシュレッディングまで。じっくり聴いても体を動かしても楽しめるMetalcore。#6「Sangle」、切れ味鋭(するで)ぇ〜。


Wiegedood - There's Always Blood At The End Of The Road
(Album, 2022.1.14)

 Oathbreaker在籍の3名によるベルギー出身のブラックメタル。このアルバムを一言で表すならば、「風呂」です。キーになっているのは反復の快楽性で、微妙に発展しつつも同じフレーズを繰り返す展開は、もちろん激烈にラウドながらも同時に心地良さを感じられずにいられない。ホーミーみたいな低い倍音が鳴り続け(気のせい?)体内の臓器を振動させて正しい位置に補正してくれそうな#5「Now Will Always Be」、#9「Carousel」は聴いてるだけで整います。しっかり肩まで浸かりましょう。


蒼山幸子 - Highlight
(Album, 2022.1.26)

 2019年に解散したねごとのVo/Keyによる1st。大変恐縮ながらバンドの方は有名な何曲かしか聴いたことなかったんだけど、本作を聴いてもっとこの人のやっていた音楽を追っかけておけばよかったと思いました。メロディー・アレンジ・歌唱、流れてくる全ての音が心地良い。邦ロック的バンドサウンドを基調にしつつ、打ち込みやシティポップ的エッセンスを加えた音楽性は、目新しさこそないものの...と表現するとありきたりなんだけど、「何にも振り切らないという選択の素直さ」みたいなものが輝いていて、涼しく優しい時間を過ごせるアルバム。


宇多田ヒカル - BADモード
(Album, 2022.1.19)

 余りにも素晴らしい既発曲群と、それにより上がりに上がった期待値を軽々飛び越えるような新曲達による、言うまでもなく素晴らしいアルバム。
 その一方で、「Find Love」や「Face My Fears」が果たして本当にこのアルバムにマッチした楽曲なのか?とか、「PINK BLOOD」をはじめとする詞の正しくあろうとする言葉の強かさに打ちのめされつつ、果たして本当にその言葉は正しいのか?(「私の価値がわからないような 人に大事にされても無駄」なのか?)とか、完璧で無い(=疑いの余地を残している)面も見受けられる作品のように思う。
 だが、宇多田が何年もかけて作り上げた作品を(他のあらゆる芸術と同じく)デイリーやウィークリーやマンスリーで評価を決する必要なんて当然の如く全くないので、じっくり時間をかけて聴いていきたい。
 それに加えて、恐ろしいことに宇多田ヒカルはここまでの境地に立っていながらまだまだ若く...いや年齢なんて年齢でしかないから作品には関係ないんだけど、とはいえ本人の意志によってはこれから両手で数えられないくらい(!?)アルバムを残すことも可能なんだと考えると、確かにプロデューサーである三宅彰が語る通り「何十年後、今を振り返ると起点になった作品として永遠に残り続ける」のがBADモードというアルバムなんだと思う。宇多田ヒカルが完璧になったり完璧じゃなくなったりしながら色んな音楽を作っていく姿をこれからも見ていきたいですね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?