銃口

ずっと誰かに銃口を突きつけられている気がする。
そういった経験はないにもかかわらず、緊迫した空間にあがるのは銃と引き金に置かれた人差し指だ。
観念して目を瞑る。ここは夢の中なのか、走馬灯なのか、国なのか、獄なのか、おのののか。とにかく私は長いトンネルを走っているようだった。体力には自信があった。なのに、風も坂もない鉄の上を駆けていることで、どうしてか息があがっていた。苦しさのあまり膝をついてしまったが、息切れは治まらなかった。この場所から早く抜け出さなければいけない。直感的にはっきりとそう分かった私はゆっくりと歩を進み始めた。音もない空洞で僕は、深夜の高速を運転していた頃を思い出し、その時よく流していた曲の歌詞がふと浮かぶ。
僕が今までやってきたたくさんの悪いこと
僕が今まで言ってきたたくさんの酷い言葉
バレることを恐れて逃げてきた自分がこの空間と重なった途端、微かな光が差してきた。
目を覚ました自分は銃を向けていた。
目を瞑った自分の額に。

全てを理解した今、決意に変わりはなかった。ここで終わらせる。窓から吹いた風が頬を打つ。鳥が羽ばたく音が聞こえた。
その瞬間、私は引き金を引いた。

何故だろう。弾は発砲されなかった。弾倉を確認したが、弾は問題なく装填されていた。試しに壁に撃ってみると生まれて初めて聞く銃声と反動に足がダダダっとなった。吊革を持たずに電車で立ってる時になるアレ。思わず笑みがこもれたが、これが最後の微笑みだ。笑顔でさらば。再度、眠る自分に向けて引き金を引いた。

何も起こらなかった。何が起こっているのか分からなかった。銃を解体し、銃身を覗き込んだ。すると、見覚えのある景色が巡っていた。そこがどこなのか思い出した時、僕は目を覚ました。目の前にあるのは銃口だった。銃を持つ自分には引けない引き金がもしあるのだとしたら、それは僕にしか引けないのだと思う。神は信じないが、啓示は存在する。全神経を集中させて引き金に視線を送る。私は自死を遂げる。この一室で。銃を突きつけていた正体に任せることなく、僕の意思で。
引き金がミリ単位で動き始めた。あと少しで楽になれる。サイレンが聞こえる。お呼びのようだ。
しかし、死のサイレンにしては聞き覚えがありすぎる。命の危機とは異なった危機を感じた。
「まずる」
神経の針はすっかり切れてしまった。その瞬間、自然と走り出していた。どんな人生でもいい。ただ、警察には世話してもらいたくない。銃声が聞こえたと通報したであろう近隣住民とすれ違った。命の恩人であろう人間に何も言わず、心から感謝もせず。

どのくらい走っただろう。なのに、息は全く切れなかった。階段を下る。最後の一段でダダダっとなった。通りの向こう側にいる人がチラッと見ていたのでタップしてました風でごまかす。すると通行人もなーんだタップかといった風に街を闊歩して行った。
まずかった。この街では、ダダダっとなることはこの世で最も恥ずべき行為なのである。反対にダダダっをさせることは優位性を最も抱ける行為でもある。土下座がステータスである半沢直樹の世界と同じだ。そういえば、さっきパトカーのサイレンが聞こえてきた時に変な噛み方したなぁ。思い出し笑いに包まれたと同時に私は銃を持っていることを思い出した。

こんな冗談が言えるのは余裕からなのか。
それとも生を諦めているからなのか。
機会を逃したが悔いもない。
その時がやってくるまで私はひたすら待つ。銃口を見つめながら。
その先の誰かと話しながら。

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