生まれて初めて犬をなでた
今日、生まれて初めて、犬をなでました。
私は犬が大好きで、大好きで大好きで、飼うこともできないくせに、い◯のきもちを読んでは「なるほど……」と頷いていたタイプのオタクです。そんなオタクの喜びの声を聞いてやってください。
ことの始まりは、私が会社を辞めたことでした。私は自分の退職祝いに、二泊三日の豪華一人旅をすることにしました。そして、二泊三日もするのだから、会社勤めをしていた頃は計画すら立てなかったぐらいの遠方に行きたいと思い、某有名観光地に行くことにしました。
詳細は前回の「十年勤めた会社を辞める」を参照していただけるとありがたいのですが、無職になるのに、こんな大金を使って、こんな豪勢な旅行をしていいのだろうかと悩みました。今でも大丈夫なのか心配です。
しかし、今、この瞬間の気持ちだけでいえば、来てよかった。これに尽きます。来てよかったと声を大にして言います。来てよかった!
そもそも、今回はお籠もり旅行のつもりでした。連泊するのをいいことに、思う存分宿に引きこもって、好きなことするぞと思っていました。
しかし、ここで邪魔をしたのは潔癖症。宿の人に、二日目のお部屋の掃除はどうするか聞かれて、ついうっかり、掃除してくださいと言ってしまったのです。言ってしまってから、お籠もりできないやんけと思いましたが、後の祭り。見栄っ張りな私は前言撤回することなんてできません。
お昼ご飯を食べるついでに、お土産でも買いに行くか。私は最低限の時間で散策し、宿へ戻ってくるつもりでした。
お土産なににしようかな。そんなことを思いながらプラプラ歩くこと、幾ばくか。買い物に出ると意外と楽しくなってくるのが女心というもので、気づいたら数時間は経っていました。結構歩いたし、ちょっと休みたいな。そう思った私の目に飛び込んできたのは。
犬カフェ。入り口はこちらからどうぞ。今なら待ち時間なしで入れます。
その案内を見つめること数秒、私は一旦その場を立ち去りました。頭の中は一瞬にして大騒ぎです。突如現れた犬カフェチャンス。今なら待ち時間なしでわんこ。ノータイムでわんこ。
冒頭で書いた通り、私は犬が大好きです。圧倒的に犬派です。SNSでは、わんこ垢を追いかけてはいいね拡散の毎日です。
ですが、犬とふれあったことはありません。なぜなら、怖がりだから。未知のことが怖くて仕方がありません。石橋を叩いて渡らない、空前絶後の保守派。それが私です。
当然、犬カフェあるやんけ! よっしゃ! 入ったろ! なんてことにはならないわけです。目の前のチャンスも見送ってしまうのです。怖がりだから。
私は一生懸命に言い訳をしながら歩きました。休みたいだけなら犬カフェじゃなくてもいいよね。犬カフェの作法、よくわからないし。さっき通ってきたところに、美味しそうなアイスクリーム屋さんあったな。そこで涼みながら、アイスクリームでも……。
足はアイスクリーム店に向かいます。だって、アイスクリーム店なら大体勝手がわかるから。えいやっの気持ちなんてないまま、リラックスしに行けるから。
しかし、ふと考えます。
ここで犬カフェに行かなかったら、ずっと後悔するんだろうな。
そう思ったら、胸がざわざわしました。今後、自分で自分の退職を労うために行った豪華旅行を思い出す度に、後悔するのでしょう。あの時、犬カフェ行ってたらどうだったんだろうなと想像して。犬とふれあえたのかな、とか。どんなわんこがいたんだろうな、とか。そういうちっちゃな後悔がじわじわ広がって、豪華旅行自体を後悔で染め上げてしまうような、そういうタイプの後悔。
いやだ!
そう思った瞬間、私はUターンをし、犬カフェに向かっていました。あれこそ、きびすを返すという動作でしょう。ぐりんと音がしそうなほど、思いっきりきびすを返しました。
私は歩くのが遅いのですが、普段の私からは考えられないような速さで犬カフェへと向かいます。もはや意地でした。せっかくのセルフ退職祝いを楽しい思い出にしたい一心でした。自分の臆病さに負けたくありませんでした。そこに犬がいるのだ!
そうは言いつつも、人間は簡単に変われません。入店する際は、えいやっの心の掛け声が必要でした。汗もダラダラです。この滝汗は暑いからですけど何かという顔を作って、店員さんが受付に来てくれるのを待ちました。その時間がものすごく長く感じました。ど緊張していました。
にこやかな店員さんがやって来ました。慣れた様子で受付をしてくれました。お店のルールを説明してもらい、手を消毒し、荷物を置き。いざ、ゲージの中へ。
目の前に、わんこがいました。そりゃそうです。そこは犬カフェです。特に理由もなさそうに歩き回るわんこ、ニンゲンの匂いを嗅いでフスフスしてるわんこ、ニンゲンのお膝でリラックスしてるわんこ、へそ天してるわんこ、我関せずで眠っているわんこ。わんこわんこわんこ。
ど……どうにかなってしまう……。
夢のような空間に、私はどうしたらいいのかわからず、とりあえず他の人たちと同じように座ってみました。理由もなく歩き回るわんこが一瞬あいさつにきてくれましたが、こちとら犬とのふれあい経験ゼロの滝汗オタク。どうしていいやらわかりません。コンニチワ……と言っている間に、わんこは次のルートへ歩いていきました。
い◯のきもちで勉強した、手をグーにして手の甲のにおいを嗅いでもらい、あいさつをするという一連の流れを、どう実践していいのやらわかりません。
あいさつって難しい。こっちから主体的に近寄っていいの? それとも、わんこがいらっしゃってくださるのを待っていればいいの? わからぬ、私には犬の気持ちがわからぬ……。
それでもわんこパラダイスに浮かれていた私は、ニヤニヤしながらキョロキョロする、不審者として完全体でした。犬の姿は目に焼き付けたいけれど、どうしたらいいかわからない。ニヤニヤ。キョロキョロ。
さすが犬カフェの店員さんはプロでした。私を怯えさせないようにそっと近づいてきてくれて、この子の名前は何々で、性格はこうでと教えてくれました。かわいいですねbotと化した私は、デレデレしながらわんこを眺めるだけ。見かねた店員さんが、コミュ力高いわんこを呼んでくれました。
「この子、スカートのお客さんが好きなんですよ。足をこう伸ばしてもらって……」
「スカートが好きなんですか」
もはや絶滅したと思われたデュフフ族の生き残りの私は、デュフデュフ言いながら、足を伸ばします。よかった……スカートで来て……お膝に乗ってくれるのかな……。そんな淡い期待を抱いて。
足を伸ばした瞬間、わんこがずざっと集まりました。えっなに?
先ほど店員さんが呼んでくれたコミュ力わんこが、我先にと私の膝に乗ります。そして、高速ホリホリ。太ももに贅肉がついてなかったら危なかった。ホリホリはたしか、ベッドメイキングかストレス! い◯のきもちで見た! だが、何もわからない! なにこれ!
何事かと思っている間に、わんこの顔が私のお膝にスポッとはまりました。より正確にいえば、股にはまりました。
「お……おお……」
もう、これしか言えません。犬カフェデビューどころか、犬とのふれあいデビューの今日、股にスポッと顔を埋められるとは夢にも思っていませんでした。マズルって敏感だから気をつけないといけないって書いてあった気がするけど? 絵面も多少やばい気さえします。
でも、あったかくて、わんこが息をしていて、プスプスなんか言ってて。足に感じるのはいのちの重み。なんて愛おしいのでしょう。私は胸がいっぱいでした。気づいたら写真を撮りまくっていました。いま、わたし、いぬと、ふれあっている!
「この子、背中ならなでても大丈夫ですよ」
really?
有頂天の私は全ての作法を忘れてなでました。店員さんの真似をして、指の甲で優しく、優しく。百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、勉強したことを全部忘れて、実地試験を受けたようなものでした。目で見た現実ほど、確かなものはなかったです。
これが、いのち……。
全ての言語を失いかけましたが、私は見栄っ張りなので、がんばって店員さんと会話しました。何をしゃべったかは覚えていません。もしかしたら、店員さんとしゃべっているという錯覚を起こしながら、一人でしゃべっていたのかもしれません。そのくらい、意識は全て股スポッしているわんこに向いていました。犬の毛ってかなりしっかりしてるんだな……というのが私の感想です。
あったかくて、重くて、愛しいいのち。それがわんこでした。
私の股スポッに飽きたわんこがどこかに行ってしまうまで、私はずーっとニヤニヤしながらわんこをなでていました。店員さんが写真を撮ってくれましたが、一度もカメラ目線になることはなく、わんこに釘付け。もうわんこしか見えない。わざわざ撮っていただいたのに何たる無礼。店員さん、申し訳ありませんでした。私は最高に幸せでした。
股スポッわんこが去ってしまっても、お店を出て何時間も経っていても、私の多幸感は残ったままです。この幸せが消えないうちにと、今、noteを書いています。
セルフ退職祝いなんて寂しいことだなと思っていたけれど、やってよかった。二泊三日なんて不安だったけど、来てよかった。ダルいなと思いながらも、観光してみるかと繰り出してよかった。
後悔したくないときびすを返せて、よかった。
えいやっとお店に入れて、本当によかった。
ただ、私はもう大好きな犬とふれあえる喜びを知ってしまった側の人間なので、地元に帰ってからも犬カフェに通う方法を検索しまくっています。この喜びを知ってしまった人間はもう戻れない。犬とふれあいたい。
犬カフェ、もっと増えないかな。私が大富豪になったら犬カフェ作ろう。それまでにい◯のきもちでちゃんと勉強しておこう。そう思いました。
ならなきゃな、大富豪に。