鏡に映らない子ども

自分がこんなにぐちゃぐちゃだなんて思い知りたくなかった。
分かりたくない、自分のことなんて。

内側が金属のカトラリーでかき混ぜられたような鈍い痛みがひたすら響く。
私は臓器が動いてるだけで呼吸ができるただの肉塊の器だと確認させられる。

なあところで、この同じ器に入ってるお前は、誰なんだ?
かれこれ数十年を共にしている。
出てけよと言っても出て行ってくれない。なんだこいつ。



そいつはたまに無言でボロボロ泣いている。私は苛立ってそれを眺めている。
おいまたかよ、と思いながらも声をかけたりなんかしない。本当、こいつのこと嫌いだなぁ。

ある日、またいつものように泣き出した。
いい加減やめろよ、そう呟いたら、
そいつはわたしの胸ぐらを掴んで爆発したかのようにべらべら喋り出した。



「お母さんはわたしをぶちます。お父さんはわたしの描いた絵を捨てます。わたしが泣く度にお父さんとお母さんは喧嘩します。学校では絵が描けるから調子にのってるって言われます。わたしが失敗する度みんなコソコソ指差して笑います。もういやです。みんな大嫌いです。なんで皆んな私を嫌うのに殺してくれないんですか。もう生きていたくなんかない。生まれてこなければよかった。」

そこにずっといたのは幼い頃の私だった。
全てを吐き出したら鼻水を垂らして、みっともなくわんわんと泣き散らしている。

黙って手を取ることしかできなかった。こいつは消えることはない。共に歩むしかない。これまで通りこいつを隠して、今日まで幸せに生きてきましたって顔して、平然と頭がめでたい人のように振る舞わなければならない。

本当の姿や弱みを晒したら好かれるなんて、そんなのフィクションの産物だけだ。
私はそんな素晴らしい人間ではなかったから。

ずっと自分のことが大好きで大嫌いだ。

けれどこれは特別なことじゃない。

私は今、飛び降りても死ねない高さのアパートの一室に住んでいる。
残念ながらこいつのお望み通り死ねるのはまだ先のようだ。

同じひとつの器に入っている私とこいつ。いつまで一緒にいるか分からないけど、ひとまず何か飲もうか。

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