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大河ドラマ・今は昔

2024年も後半に突入した。今年の大河ドラマ、『光る君へ』も折り返しとなったわけだが、『源氏物語』の執筆開始までは、まだまだ時間がかかりそうである。昨年の『どうする家康』も、そのテンポの悪さから、「本当に大坂の陣まで描くことができるのか、江戸幕府を開けるのか、無用のエピソードに尺をとりすぎではないか」と不安視されたものだが、今や、『光る君へ』に対して、自分は同様の感想を抱きつつある。紫式部(まひろ)と藤原道長を恋人同士として設定するのはよしとしよう。大河ドラマはドキュメンタリー番組ではなく、そもそも「100%史実どおりに製作」できるなどありえないし、往年の名作と呼ばれる過去の大河作品も、美化・脚色・創作を避けては通れなかったのだから。しかしながら、『独眼竜政宗』、『武田信玄』といった、大河黄金期に生み出されたヒット作は、脚本に説得力があり、物語に説得力を持たせられる名優たちが揃っていた。だからこそ、大河と呼ぶにふさわしい重厚なドラマを紡ぐことができたのだ。もちろん、時代はどんどん変わってゆくし、感性や嗜好も人それぞれであるから、ラノベ的なドラマを好む人もいるだろう。幸か不幸か、昨今の大河は自分にはあまり合わないようで、連日、NHKオンデマンドにて、往年の名作大河を楽しんでいる。最も好きな作品は『武田信玄』(1988年)で、2016年にBSプレミアムでアンコール放送されていたのを観て以来、大ファンになった。
 この作品、主演は中井貴一さんで、当時は「(従来の)信玄のイメージにそぐなわない」と、少なからず批判も受けていたという。この時、中井さんは27歳で、騒音にはずいぶんと悩まされたそうだ。社会現象にすらなった『独眼竜政宗』の後番組でもあったから、プレッシャーも半端でなかったことは、容易に想像がつく。結果的には、『武田信玄』は『独眼竜政宗』に比肩しうる大ヒット作となり、中井さんの名前を全国に知らしめる作品となった(と、自分は思っている)。
 素晴らしかったのは、信玄だけではない。信玄の好敵手である上杉謙信を演じた柴田恭兵さん(当時36歳)も、毘沙門天の使いたる武将をたしかな説得力をもって演じきった。謙信以外の敵手たちはといえば、北条氏康役に杉良太郎さん、今川義元役に中村勘三郎(当時は勘九郎)さん、徳川家康役に中村芝翫(当時は橋之助)さん、織田信長役に石橋凌さんと、錚々たる顔ぶれである。個性の違いこそあれど、どの方も発声が力強く、「これぞ大河!」と言うべき、時代がかった台詞もよどみなく口にしているのが、本当に素晴らしかった。
 何より、武田家家臣団の面々である。板垣信方役の菅原文太さん、山本勘助役の西田敏行さんを筆頭に、実力派俳優が名前を連ねていたのだ。彼らが公私にわたって主役である中井さんを支えたことは、中井さん自身が後年のインタビューで語っているが、それが嘘でないことは、このドラマを観ていくとよくわかる。それだけに、彼らが一人また一人と物語から退場するつど、諸行無常を思い知らされ、寂寥感に苛まれたものである。
 ところで、この作品において最も強烈なインパクトを視聴者に与えたキャラクターは、小川眞由美さんが演じる八重だったろう。信玄の正室である三条の方(紺野美沙子さん)を「この世の都」と崇める彼女は、新田次郎氏の原作には登場しない、いわばドラマオリジナルのキャラクターだったのだが、崇拝する三条のためなら殺しも厭わぬ彼女は、小川さんの怪演によって命を吹きこまれ、ドラマになくてはならない存在となったのである。物語終盤では、見張りつきの監禁部屋から誰にも見られず抜け出したり、誰にも見咎められることなく三条が息を引き取った広間に姿を現したりと、まるでホラー映画そのものだったが、脚本の巧みさと小川さんの怪演とがあいまって、「超自然現象」に不思議な説得力を与えていたことは言うまでもない。
 さて、昨年の『どうする家康』ほどではないものの、『光る君へ』も、SNSでの〔反省会〕が散見されるようになってきた。大河「ドラマ」なのだから、物語に創作があったところで、なんら悪いことはない。ただ、昨夜放送された本編と予告編を観たかぎり、本作におけるドラマは、創作というよりはむしろ妄想ではないのかと危惧してしまう。時空を超えた名作『源氏物語』はいかにして生まれたのかがメインテーマだと思っていたのだが、最近の展開は、あたかもラノベ的恋愛ドラマそのものだ。あまりにも軽すぎないか、安直にすぎないかとの声が大きくなるのも無理からぬことだ。二週間後には「道長とまひろの禁断の逢瀬・再び」のようだが、この調子で延々恋愛ドラマが展開してゆくのであれば、かなりきつい。あちらこちらでネタバラシも始まっているが、それらの内容も本当にきつい。
 昔と今では環境がまったく異なっているから、大河ドラマが変容するのもしかたないのかもしれないが、「温故知新」の言葉どおり、新しいファン層を獲得するためのアプローチを、まずは見直した方がよいのではなかろうか。

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