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Toni Kroos

推しチームは?と問われれば、迷わずFCバルセロナ(以降「バルサ」)と答える。とは言うものの、黄金期と畏怖された時代を自分は知らず、それどころか、(こう述べるのはまったく本意ではないのだが)弱体化が始まったあたりから応援を始めた一ファンにすぎない。当時の監督はエルネスト・バルベルデ氏で、堅実に勝ち点は積み重ねるものの、堅実すぎるがゆえに試合内容は退屈であると評されていた。そもそも何がきっかけでバルサを応援するようになったのかといえば、理由は2017年のコンフェデレーションカップに遡る。優勝チームはドイツだった。
 翌年のロシア・ワールドカップで、だが、ドイツは屈辱の予選ラウンド敗退を喫する。予選ラウンドは突破して当然、かつては「決勝に進出して当然」とされ、往年の名選手であるゲリー・リネカーをして「最後に勝つのは常に彼らだ」と言わしめた強豪の面影はまったくなかった。敗退を決定づけた韓国との一戦を自分もフル観戦したが、かつては「厳しい秩序と鉄の結束」で知られたドイツのプレイはどこかちぐはぐでやる気が感じられず、決定機もことごとく外すありさまだった。2014年優勝時の主将であるフィリップ・ラームこそいなかったものの、当時の主力はそのままコアをなしていただけに、衝撃的な敗退劇となった。
 この大会で唯一「ドイツらしさ」が見られたのはスウェーデンとの一戦であり、トニ・クロースの神がかり的なフリーキックがスウェーデンのゴールネットに突き刺さった瞬間だった。常はクールなクロースが、逆転勝利の興奮冷めやらぬままに拳を突き上げて狂喜する姿を、今でもはっきり覚えている。そのクロースが、本日34回目の誕生日を迎えた。
 実のところ、自分はバルサに出会うまで推しクラブを持っておらず、もっぱら「ドイツ」を応援していた。ファン歴も長く、2014年に優勝したからファンになったわけでもない。決勝の相手がアルゼンチンだったこととも相まって、名声よりもむしろ「ヒール」としての悪名が高まっただけであったが、ドイツ代表(「マンシャフト」とかいうニワカ向けの呼称は自分は大嫌いだし、無用のものと思っている)のファンはとにかくコアなので、世界を敵に回そうが、あまり気にならないものなのだ。
 なかでも、クロースは毀誉褒貶の激しい選手であるように思える。自分や、やはりサッカー好きの妹などは、クロースの容赦のなさ、クレバーさにこのうえもなく惹かれるのだが、逆に嫌う人も少なくはないようだ。ともすれば物議を醸す言動も拍車をかけているのかもしれないが、その天才性に疑いの余地はなく、きわめてオーセンティックなドイツ人選手であると、個人的に思っている。Never-Say-Dieの敢闘精神が失われてしまったドイツにあって、「古き佳き、強きドイツのサッカー」を体現する選手として随一ではなかろうか。
 クロースが代表からの引退を発表した時は一抹の淋しさを覚えたものの、同時に「潔いな」とも思った。ドイツ代表史を顧みれば、代表であり続けることに固執するベテラン勢が多ければ多いほど、反比例してチームに衰退の兆しが現れるからだ。ロシアに続きカタールでも惨憺たる戦績に終わったドイツであるが、ドイツ・サッカー協会は過去の歴史から何ひとつ学んでいないと批判されてもしかたないだろう。あるいは、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」との諺どおり、2014年に優勝を経験して、教訓を忘れてしまったのかもしれない。
 ところで、クロースの凄いところは非凡なサッカーセンスのみならず、「無事これ名馬」とも言うべき怪我の少なさだ。ありあまる才能を持ちながら、怪我の多さゆえにドイツ・サッカーの表舞台から消えていった選手、大舞台で本領を発揮できなかった選手は、枚挙にいとまがない。彼らの悲運を思えば、トニ・クロースという選手はまぎれもなく完成された天才であり、不世出の選手であると言っても過言ではあるまい。


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