行く場所、帰る場所。
午後18時45分。新宿駅のホームに記された乗車位置に合わせて、ぴたりと停まった特急あずさに乗り込む。座席に落ち着き「用事が終わったから今から帰るよ」そう入力しかけたスマホの画面を見たとき、ようやく実感が湧いてきた。戸惑うような、少しほっとするような。
今年の秋の終わり、東京から長野に引っ越した。
今までは週末遊びに行く場所だった長野が、帰る場所になった。
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八ヶ岳の麓で始まった新たな暮らし。この小さな町からは、東西に連なる八ヶ岳連峰はもちろん、南アルプスも遠くには北アルプスも富士山も見える。
いつもと同じ道を歩いていても、飽きもせず見惚れてしまう。「あぁ…」のあとに出てくる言葉はたいてい「すごいなぁ」「うれしいなぁ」。それすら言葉にならない日は「おおおおおぉ!うわぁ…」。町にはまだ雪が積もっていないけど、山肌にはうっすらと雪がつくこの時期、冷たく澄んだ空気に包まれて立つ山姿は、何度立ち止まっても足りないほど美しい。
山がこんなに近くにあることが、毎日外に出て深呼吸したくなることが、蛇口から出る水をなんの躊躇いもなく飲み干せることが、わたしの人生にとっては優先度が高く大切なのだと、30年近く生きてわかった。それに沿う暮らしを少しずつでも、と思いながらここ数年は選択を重ねてきた。
見るたびに心浮き立つこの風景も、いつかは当たり前になってしまうのだろうか。慣れて、何も感じなくなる日がくるのだろうか。東京からこの町に越してきて20年の先輩の答えは明快だった。
「大丈夫だよ。私たちは今でも感動してる。毎日見ていても、空は、毎日ちがうから」
変わらぬように見える山も空も、よく見ると毎日ちがう。新鮮な驚きや感動を持ち続けられるかは、移り変わるその変化に気づき面白がれるかどうかなのだろう。
遊びに行く場所から暮らす場所へ、長野と出会い直した2021年。2022年は山と遊ぶぞ〜!
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