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9. そもそも海外MBAには行くべきか

MBAをよく知らない方でも、MBAという言葉にはエリートっぽい語感があり、ポジティブな印象を持っている方が多いと思います。一方、自分が実際に海外MBAに行くべきかどうかとなると悩んでしまう方も多いでしょう。海外MBAは学校や為替などにより変動はありますが、2年間の学費で1千万円近くすることもざらです。本当にその金額を払う(または会社に払わせる)だけの価値があるのかどうかは留学前にはなかなか判断がつかないものです。それ以外にも「MBAで学べる内容はコンサルなどで働いていれば常識」「実務で経験した方がスキルは身につく」「2年間も時間を無駄にして良いのか」「わざわざ留学しなくても本を読めば学べるのでは」「国内MBAであれば学費はもっと安く済む」など、ネガティブな意見もいくらでも出てきます。これらの意見はどれも真っ当なものであり、そのそれぞれに反論するつもりはありません。ただ、私はこれらのネガティブ要素を踏まえてもなお、海外MBAには是非行くべきだと思っています。私の留学経験を踏まえて、そう思うに至った理由を記載していきます。

(1)そもそもMBAってどんなところ?

誤解を怖れずにいうと、MBAはキャリアアップまたはキャリアチェンジのための就活予備校です。日本人は特に社費留学の場合、転職するためではなく学びのためにMBAに行くことが多いのですが、アメリカ人の場合は、ほぼ例外なくキャリアアップまたはキャリアチェンジが目的です。そういったニーズを持つ学生のために、MBAスクールは、一流のビジネスマンになるために必要な知識を詰め込むとともに、学生にネットワーキングの場を与えたり、就職活動のサポートをしたりします。

授業は、会計、ファイナンス、マーケティングなどをコア科目として学び、それ以降は自身の進路に関連した分野を深掘りしていくのが一般的です。就職活動については、同じ業界に進みたい学生が集まって情報交換をしたり、企業とのネットワーキングイベントに参加したりします。夏休みにインターンをすることが一般的で、MBAに入学するとこのインターンの内定を貰うための就職活動が即座にスタートします。また、スクール側は有名企業の経営者をスピーカーとして招聘するなど、授業以外でもビジネスを学ぶ機会を提供します。多くの学校が起業に関するサポートも何らか行なっており、実際の授業で実際にビジネスプランを作る機会もありますし、同じ学校の他学部で技術は持っているがビジネス化できないという学生とのMeet Upイベントを開催したりもします。

(2)基礎をまとめて効率的に学べる

会計やファイナンスなど、MBAで学ぶ学問は、それぞれ一つずつを見れば、そこまで高度なものではなかったりします。例えば、会計は基礎的な会計の授業から始まりますし、経済学は経済学部の大学1年生が学ぶような内容です。しかし、これらを全て理解している人はほとんどいないはずです。私の場合、統計や経済学については専門的に学んだことがあったので、あまりに基礎的な内容に絶句した記憶があります。ただ、マーケティングやオペレーションの授業は初めて学ぶことばかりでした。逆に、アメリカ人の同級生には統計などの知識はほとんどなくても、オペレーションはコンサルにいた際に散々使っていたという人もいます。つまり、MBAの授業を受けることで、ビジネスに必要なリテラシを広く薄く習得することができます。

また、上で経済学は大学1年生が学ぶような内容だったと記載しましたが、日本の大学で1年間くらいで学ぶ内容をわずか10週間で終わらせます。当然、ところどころ端折りながら授業を進めていく訳ですが、授業の内容やテストの出し方は考え抜かれており、細部に踏み込み過ぎず、ビジネスに必要な知識を効率良く学ぶことができます。個人でこれをやろうとするのはとても大変で、経済学の教科書やマーケティングの専門書を買ってきても、どこからどのように手を付けて良いか分からないでしょう。

MBAではジェンダーや企業倫理についても学びます。これらについて、MBAではこうするのが正解という答えを教えるのではなく、心理学等の観点から、何故人が非倫理的な行動を取ってしまうのかという原因を教えます。たとえば「女性を差別してはならない」というのは簡単です。しかし、男性のようにバリバリ働く女性は男性からも女性からも嫌われやすいということが統計的に分かってきています。これは感情なので「そう思ってはならない。」と言っても解決になりません。むしろ、自分自身も含め、そういった感情を持ってしまう可能性を理解したうえで、その感情に流された行動を取らないことに意義があります。こうしたことは、自分が企業の経営者になるのであれば、是非押さえておくべきリテラシだと思います。

(3)専門的な分野は深掘りすることも可能

コアの授業で学ぶファイナンスの授業は極めて基礎的なものですが、金融機関に就職したい学生はもう少し高度なファイナンスの授業を取ることもできます。このように、自分が学びたい分野は深掘りしていくことが可能です。デジタルマーケティングであったり、海外進出時のストラテジーであったり、卒業後の仕事に直結するような授業もあります。エレクティブでこれらの授業を柔軟に組み合わせられることもMBAの魅力の一つです。

(4)教授の質が高い

アメリカのMBAスクールは適度に競争が働いているため、教授は教え方が本当に上手です。中には下手な人もいますが、そういう人は学生が誰も授業を取らなくなるので、そのうちいなくなるはずです。また、元投資銀行マンやバリバリのベンチャーキャピタリストが講師になることもあります。国内のMBAをあまり貶したくはありませんが、私は国内のMBAでアメリカのトップスクールと同等の授業を提供することはほぼ不可能だと思っています。

(5)ビジネスのダイナミズムを体験できる

MBAでは様々な企業のケースを学びます。成功例も失敗例もあるのですが、日本で同じ会社で働いているだけでは体験できないことを、短期間で複数見ることができます。日本という国はとても安定している一方、良い意味での変化もあまりありません。一方、アメリカは社会が常に変化しています。新興企業が次々と起こり、数年前には存在しなかったような会社が、巨大企業に変貌を遂げたりします。アメリカに住み、かつMBAに通うことで、その変化を最先端で感じることができます。私は、どういった分野に進むにしろ、このような感覚を有していることはビジネスマンとして極めて重要だと考えています。

私がMBAを卒業した際、Youtubeの女性CEOがスピーチをしてくれました。彼女が10年前にMBAを卒業する際のスピーカーがビルゲイツだったらしいのですが、当時ビルゲイツがこう言ってくれたそうです。「これまでの10年に世界は一気に変化した。こんな変化はもう起こらないと思うかもしれないがそんなことはない。これからもとんでもない変化が起こるので期待しておいてほしい。」しかし、当時はWindows 95が爆発的に普及したり、携帯電話が一般化したりと、社会を大きく変えるような出来事がいくつも起こった直後だったので、彼女はビルゲイツの言うことが信じられなかったそうです。ただ、改めて振り返ってみると、10年前はFacebookもYoutubeもスマートフォンもありませんでした。実際に10年前には想像もつかないような変化が起こったのです。このエピソードを紹介し、彼女は、だからこそ「あなたたちの今後の10年にもとんでもないことが起こるよ」と伝えてくれたのです。日本に住み続けていたら、この発想は持てなかったと思います。

(6)質の高い外国人と触れ合うことができる

MBAに来る学生はアメリカ人の中でも優秀な人ばかりです。日本人学生は30歳を超えていることが多いのですが、アメリカ人は20代後半が多いので、最初は少し幼い印象も受けます。ただ、彼らがキャリアアップのために貪欲に物を学び、面倒なネットワーキングなども厭わない姿には本当に感銘を受けます。実際、彼らは入学時とは別人のようになって卒業していきます。教授たちも一流の人物が多くいます。同級生や教授たちと会話することで、アメリカを支えるエリートたちの思想の一部を垣間見ることができるのです。スクール側もセミナーを開いたり、著名経営者をスピーカーとして招聘したりと、学生がビジネスエリートと接する機会を積極的に提供してくれます。また、トップスクールに留学してくる日本人学生も非常に優秀な方が多いので、彼らとの交流も将来の役に立つでしょう。

(7)純粋に機会が増える

私は転職活動をしなかったので本当の意味でのMBAの価値は体感できていないのかもしれません。しかし、たとえばアメリカでも日本でも、MBAの卒業生のみを対象とした選考ルートが存在します。たとえば、世界のトップ企業であるGoogleに入社することは容易ではありません。余程優れた専門知識などがないと、中途入社で採用される可能性はほとんどないでしょう。MBA生にとっても、人気企業であるGoogleに入社するのは容易ではありませんが、特段ITにバックグラウンドのない学生が、事実としてGoogleに入社しています。Googleに限らず、MBAに行かなければ入れない会社というのはそれなりにあります。これは他の大学院留学とは大きく異なるところです。

(8)起業にチャレンジできる

起業というと失敗したらどうしようとか、アイディアが思いつかないなど、日本にいると自分でやってみようという気になかなかなりません。MBAは周りに起業を目指している学生が多くいるので、起業が極めて身近です。もちろん、自分自身で何とか起業したいと本気で取り組んでいる学生もいますが、人のチームに入り、うまく行けばやってみようくらいの学生もいます。起業の授業では、自分たちのビジネスプランを教授に評価してもらえます。起業の夢の大きさだけでなく、泥臭い努力が必要なことが学べるのも良いところです。起業はビジネスの縮図であり、卒業後に起業しない学生にとっても、起業を学ぶことは役に立ちます。

(9)海外生活自体に意味がある

純粋に、日本以外の国で暮らす経験というのは大変貴重です。日本は素晴らしく快適な国なので、海外に住むことのメリットもあまり感じない方もいるでしょう。ただ、たとえばアメリカに住めば、アメリカにあって日本にない素晴らしさは、必ず1つや2つは見つかるはずです。どちらが優れているという訳ではなく、日本以外の良さを学ぶことに意義があるのです。

私の住んでいたLAでは、わずか3段の階段にも車椅子用の小型エレベータが設置されていました。街を歩いていると、車椅子で出かけている方に本当によく出会います。日本でベビーカーで外出することの是非が議論されたりしますが、海外に住むことで、特定の分野で日本がいかに遅れているかを体感することができます。

また、当然ながら英語を使うという点でも海外に住むことに意義があります。日本でも英語の勉強はできるのですが、海外でネイティブに囲まれて生活していると、いかにネイティブの英語が理解できないか、自分が辿々しくしか英語を話せないかということを実感することができます。最初は本当に苦しいのですが、将来海外で活躍したい人は、MBA留学時点でまず海外に出てしまうことをお勧めします。

(10)自分を見つめ直す時間ができる

「MBAは忙しいですか」と聞かれることがあるのですが、私は正直忙しくはないと思っています。たしかに授業の予習などはかなり頑張らないと行けないのですが、学生なので午前中だけで授業が終わったり、授業の入れ方次第では、授業に出るために学校に行くのは週に2〜3回しかないということもあり得ます。私は平日は深夜まで勉強したりしていましたが、日中は妻と買い物に行ったり料理を一緒にしたりと、社会人としてはあり得ない生活をしていました。MBA生がつらいのは就職活動と将来への不安が主だと思います。
また、よくMBAに留学前の学生を脅すために紹介されるコールドコール(教授が生徒を名指しで質問して追い詰めること)ですが、よく考えたら教授に責められることは、仕事で精神的に追い詰められることに比べたら大したことはありません。失敗しても失うものは何もないのです。

こんなことを書くと、「人が真面目に仕事している間にそんなことをしているなんてけしからん。」と思うかもしれません。ただ、この自由時間は自分を振り返るためには極めて有用です。社会人で日々働いていると、日常に追われて、なかなか自分を振り返ることができません。自分が本当に何をしたいのか、考えたくても考える時間がないという方は多いのではないでしょうか。MBAではこの時間がふんだんに与えられています。また、自分のことを振り返れるだけではなく、その結果やりたくなったことを追い求める環境まで整備されているのです。こんなに恵まれた環境があるでしょうか。これだけをもっても、海外MBAに行く価値は大いにあると思います。

一定社会人生活を送った後で、家族と自由な時間を過ごすこと自体に実はすごく意味があると思います。MBAに来るのはキャリアアップしたかったり、所得を上げたかったりと、仕事に関するモチベーションのためのはずなのですが、MBAに来て仕事から離れることで、仕事で成功することだけが人生の価値ではないということを再認識できます。これは、将来の自分の生き方を決定するうえで、極めて大きな意味を持ちます。

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