フィンランド人と民俗音楽

私が注目したのは、若者も老人も、同じ様に民俗音楽を楽しんでいるという点である。なぜこれほど幅広い年代の人々が伝統芸能、民俗音楽に携わっているだろうか。この違いはどこからくるのだろう。


フィンランドの民俗音楽教育における教育概念が、そのひとつの示唆を与えてくれるように思う。


 カウスティネン民俗音楽祭の開催によって、カウスティネンが名実共にフィンランド民俗音楽の中心地となると、1974年、民俗音楽研究所が設立された。民俗音楽研究所の目的は、フィンランド民俗音楽に関してのみならず、様々な地域の音楽を研究、保存することを通じて、フィンランド民俗音楽にどのような可能性があるのかを探ることであった。その研究の一環として、民俗音楽教育に焦点が当てられた。その中心となったが、1980年代からカウスティネン民俗音楽協会の研究員ハンヌ・サハHannu Saha(現同研究所所長)(資料33)らによって模索された方法論であった。


 ハンヌらが推進した音楽教育は、「どのように自然に、子供の生まれ持った音楽的能力を伸ばすか」という問いかけの元に行われた。そこで媒介に選ばれたのは、フィンランドの「国民楽器National Instrument」であるカンテレだった。


 カンテレは、その最古の形は、裏面をくり貫いた板の上に5本の弦を張ったものである。フィンランドの国民的叙事詩『カレワラ』の登場人物であるワイナミョイネンに創造された、という神話的由来を持つ楽器であると同時に、フィンランドでは2000年以上前から同系の楽器が使われていたという記録が残っている楽器でもある。ハンヌらは、これを小学校で学ぶ教材として理想的な楽器と位置付けた。


 カンテレは、教材として、その教育理論とともにフィンランド全土の小学校、デイケアなどに無償で配布された。その結果、フィンランド国内では、カンテレが、リコーダーなどと並ぶ教材楽器として位置付けられるようになったのである。


 また、ハンヌらは、カンテレによる音楽教育(資料34)を通じて、子供の創造性を引き伸ばす目的をもたせた。音楽教育は、音楽だけでなく、その他の芸術分野、さらには人間性を育成する原点として位置付けられたのである。
 また、シベリウス・アカデミー民俗音楽学部の教育基本概念には、フィンランド民俗音楽の未来性が規定されている。

1. 学生は、歴史的民俗音楽の全ての特徴について、それを学習し、演奏することによって親しまなければならない。
2. 学生は、また前述した新しい種類の“未来の民俗音楽”を創造する必要がある。この新しい民俗音楽は、伝統的民俗音楽の楽器や楽曲に基礎を置いているが、それは革新性を具体化したものである。
(Laitinen 1994:150)
 
フィンランドでは、小学校においても、音楽大学院においても、民俗音楽教育を貫くのは、「民俗音楽は創造性を育成する」という概念である。また、民俗音楽を変化し続けるものとして規定している。この概念が、フィンランド民俗音楽が若者に自分の創造性を表現する手段として選択される原因なのではないだろうか。

(了)

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