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例えばムカデは一度に100の卵を産むけれど、その殆んどは育つ前に死ぬし、親はピンチを感じたら、その卵を食べてまで生きようとする。産まれれば可愛いのか子育ての本能なのか抱いて暖めるいじらしさたるけど…

それもあくまでも利己的な本能だろう。寒いときは自分だって寒いのだから子供からでも体温を奪いたいのだ。

ムカデのメスは想定外にオスに孕まされた被害者として、出産の苦しみ含めてオスから受けとる想定外の苦しみから全力で避けたい。

だからこそムカデは外から全力で家屋に入ろうとする。そう、家に入るムカデは全てがメスであり、オスから逃げる為に人の家に逃げているのが本質である

不信感のその為、びっくりしたら驚き過ぎて、ついウッカリ我を忘れて自分の子供(卵)食べてしまうのかもしれない。

もしかしたら子供を食べた後になって我に返り、酷く絶望しているのだとしたら、人の役目としては、いっそ絶滅させてやるか、捕まえてオスとメスを分離して交流できないようにして育ててやる。

出産子育てしやすいようにしてあげるのが慈愛になるだろう。以前に私はアメーバブログでみかけた。慈愛精神の高い女子高生がムカデやゴキブリを飼い育てていた。

とはいえ、そのどれにしても、ムカデが生きる為に餌もして沢山の動物が犠牲になるのならば、やはり絶滅させるのが博愛だろう。博愛主義に生きるのなら草食動物以外を絶滅させるべきだ。

肉食動物は存在事態を罪とする。『繁殖行為』と『子孫繁栄』は本来は別概念なのに、あたかもセットで同期しているかのように判断する人が多い。客観的でない考え方についてヴィーガンはやたらと正当化したがるし、勿論それはアンチもだけど客観性の無い論理をどうしてこうも恥かしくもなく、大っぴらに主張するのかなと残念に思う日々。、