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【世界一過酷な海峡横断レースに挑む、若きオーシャンアスリートの戦い】


コロナの影響により、様々なスポーツの大会延期や中止が決まっている。
テレビや雑誌などの多くのメディアの目は延期された東京オリンピックに向き、スポーツ欄はオリンピック競技に選ばれているようなメジャースポーツのアスリートが占めている。一方で、メジャーの陰には必ずマイナーが存在する。
マイナーな競技で戦うアスリートは、今何を思うのか。

4月23日、アウトリガーカヌー(以下、カヌー)という競技で世界最高峰の海峡横断レース Kaiwi Solo – Molokai OC1 World Championshipに挑戦している藤村 裕太【ふじむら ゆうた】選手(22歳)に、今置かれている状況についてお聞きした。なお、このインタビューはオンライン上で行った。


【Kaiwi Solo – Molokai OC1 World Championshipとは】
世界最高峰の海峡横断レースで、世界のトップパドラーが出場する。ハワイのモロカイ島からオアフ島までの53キロを風や潮、うねりを考え利用してパドルする。ただ漕ぐのが速ければ優勝できるわけではなく、自然の変化を感じ、味方につけて進む道をみつけるナビゲーションという知識が勝敗の分かれ目になる。

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地元葉山での練習風景

ー清水ー
現在の試合の状況を教えてください。

ー藤村ー
国内の大会においては、4月18日に行われる予定だったグライドトライアルという大会が中止になりました。自分が今、全てをかけて取り組んでいるハワイで開催されるKaiwi Solo – Molokai OC1 World Championship(以下、Molokai solo)という大会は、本来5月3日の予定でしたが6月末に延期となっています。元々は4月28日に出発する予定でした。

ー清水ー
まだ中止の発表がされていないのであれば、出場する可能性はあるのですか?

ー藤村ー
この大会自体、予定がギリギリに発表される大会となっていて、6月末というのも正直どうなるかわからないのが現状です。世界一過酷と言われている海峡を渡るレースですので、船のチャーターやサポートクルーを揃えるだけでも、かなり前から準備しないといけません。もちろん結果も狙っているので、事前に現地入りし、カラダやメンタルの調整の時間も必要です。大会の開催が1ヶ月ずれるだけでも正直厳しいです。なので、今年は残念ながら諦めました。
このような状況も、地元の人ならなんとかなると思いますが、全て一から手配をしなくてはならない海外の選手は皆、出場は厳しいのではないでしょうか。


ー清水ー
この大会(Molokai solo)にかけて一年間トレーニングを積んできたとおしゃっていましたが、諦めると言う苦渋の決断をした時の思いを聞かせてください。

ー藤村ー
実は、ストームがちょうど直撃してしまい、去年も出られませんでした。大会の1ヶ月前に現地に入って、入念な調整もしたのですが・・・。それが無駄になってしまった時、来年こそは。と決意しました。それが、このような事になってしまって・・・
今年も諦めなくてはならない。と決断したときは、正直メンタル的に相当落ち込みましたね。それこそもう競技を辞めようかと思ったくらい。でも、少しずつですが色々な状況を飲み込んでいって、今はやっとポジティブに考えられるようになっています。また一年頑張れると。

ー清水ー
そこまで回復できた源はなんでしょう。

ー藤村ー
純粋にこの競技が好きで、Molokai soloは小さい頃からの夢だったからです。小学校5年生の文集でこの大会の事について書いていて、その時から想いは変わっていないのだと、今回のことをきっかけに改めて感じました。19歳で初めてMolokai soloに出場した時は、本当に言葉では表現できないくらいのエネルギーがそこの海にはあって、その魅力にハマってしまって。やっぱりまたあの場所に戻りたい、チャレンジを続けたいと思っています。

ー清水ー
そんなに魅力的な大会なんですね。

ー藤村ー
はい。初めてMolokai soloのレースに出た時、最低でも10年は出続けて、最終的には優勝したい。と思いました。大体25歳〜30歳くらいの人が優勝しているので、今はそこを目指しています。

【カヌーをライフスタイルへ】


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19歳の時初めて出場したMolokai soloの大会で撮った写真

ー清水ー
仕事のお話を聞かせてください。競技と仕事のバランスはうまくとれているのでしょうか?

ー藤村ー
ちょっと言いづらいのですが・・・収入がなくなりました。4月から新社会人としてスタートした際、このような競技をやっているので仕事と競技の両立をしていきたい、仕事の前後で練習をさせてもらいたい、ということは伝えた上で入社させていただきましたが、実際はコロナの影響もあって、思い描いていたバランスが取れなくて・・・現在は新しい仕事を探しており、カヌー繋がりから紹介してもらったご縁で、面接などをしてもらえることになっています。しかし、このご時世なので、いつ次の仕事が決まるかはまだわかりません。

ー清水ー
それは精神的に厳しい状況ですね・・・そのような状態だと、中々練習もできないのではないですか?

ー藤村ー
心が健康じゃないと練習や生活、それこそ仕事を探すこともできなくなってしまいますので、海に出る時間は大事にしたいと思っています。その際、未知のウィルスにはもちろん気をつけています。練習をする時は人との接触は避けて器材の準備をしていますし、沖に出ればもちろん1人です。それから、夜の人のいない時間帯に走るなどして、トレーニングを続けています。そういった意味で、フィジカル的にはそこまで影響はありません。このような状況になってしまったからこそ、自然の怖さなども再認識しましたし、逆に今まで以上に自然を楽しみながらトレーニングができています。

ー清水ー
ポジティブですね。海に入ることが本当に好きなのが伝わってきます。

ー藤村ー
はい。僕は、アスリートとしてカヌーを続けることもそうなのですが、カヌーを人生の一部にして、将来的にはそのようなカルチャーを日本に作っていきたいと思っています。一番カヌー文化が進んでいるハワイなどでは、朝に海に入って仕事へ行き、仕事が終わったら当たり前に海に入る。それをただ個人で楽しむのではなく、子供やお年寄りを含めたコミュニティーを通して、みんなが当たり前に人生の一部として楽しんでいるんですよね。

ー清水ー
そのようなコミュニティーを作る為に必要なことはなんでしょうか?

ー藤村ー
まずはアスリートとして結果を出すことだと思っています。その結果を持って、自分がいかに本気なのかを世の中の人に知ってもらいたいです。幸いなことに今は時間が沢山あるので、自分のこれから歩みたい人生や、どうすればその道を歩めるのか、見つめ直す時間に当てています。

ー清水ー
詳しく聞かせてください。

ー藤村ー
例えば、今日本でカヌーが一番速い方が、「SUP(スタンドアップパドルボード)が仕事で、カヌーが本当にやりたい事なんだよ」と僕に話してくれたことがあります。SUPの仕事をするために、本当は出場したいカヌーの競技に出られない、ということがやはりあるようです。
日本トップの人ですら仕事の為にカヌーの大会を諦めないといけない時もあるので、仕事と競技のバランスを考えたらしょうがないのかな。と思う反面、それでもその方はカヌーに近いSUPという種目を仕事にできていることについては、純粋に羨ましくもあります。
だからと言って、今から僕がSUPの競技を始めればその方みたいになれるのか、と言われたらそうではないと思っていて、人と同じ道を歩んでいてもうまくいかないと思います。まずは自分にあったやり方を見つけないと。
人生の話で言うと、ハワイの大会では優勝したら子どもと一緒に表彰台に上がるんです。僕自身子どもが好きで、そのような光景はすごくかっこいいと思いますし、家族、競技、仕事のバランスがしっかりしている生活を日本でも作っていきたい、と思わせられます。ハワイは日本と環境が違うからできるんだよ、という人がいますが、環境が違うなら寄せていきたいと思いますし、説得力を持たせる意味で、まずは結果を出すことが大事だとは思っています。

ー清水ー
なるほど。すごく熱い想いですね。そのような想いの原点や原動力はなんですか?

ー藤村—
小学生から始めたカヌーで、僕は本当に色んなことを学びました。コーチに対しての憧れやアスリートとしての姿勢、家族の大切さ、など。子どもやカラダの不自由な方なども分け隔てなく楽しく漕げるコミュニティーを作っていきたいと今までのカヌー人生を通して思いましたし、僕が感じたプラスの事を、カヌーを通して色んな人に知って欲しいです。
そして、もともとは親の影響で始めたカヌーなので、僕自身親の背中を見て育っていますし、自分が親になった時にそれを体現したいと思っています。
僕に子どもができた時、子どもに対して、お父さん昔は競技やっていて速かったんだよ。と言うのでなく、今もカヌーの競技速いんだよ。というのも見せていきたいです。色々な理由があって競技の一線を退く人や諦める人がいると思いますが、僕は子どもや周りの人たちに競技を諦めたと思われたくないし、逆に背中で見せていける人になりたい。それがカヌーを続ける原点でもありモチベーションでもあります。

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ーインタビューを終えてー
その後、藤村選手から「無事に次の仕事先が決まりました」と連絡があった。今回のコロナで一度折れかけた彼の心を救ったのは、彼が大好きな海とカヌーであることは言うまでもない。若くしてこのような経験ができたことをプラスと捉え、一段成長することができたのではないだろうか。将来、彼が作るであろうカヌーのコミュニティーの中で、今回の経験を通して得たこと、学んだ事を、彼が子どもたちに伝える姿を想像できるインタビューとなった。



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