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エリック・クー監督「12階」のロケ地を訪ねて(シンガポールの街を知る:クイーンズタウン)

 シンガポールを代表する映画監督の1人であるエリック・クー(Erik Khoo)の作品、「ミーポック・マン」(Mee Pok Man、1995年)。その後に制作された「12階」(12 Storeys、1997年)は、同年カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で上映され、海外にシンガポールの存在感を示した。同じHDB住宅に住む3人(同じ空間にいることはあっても、交流はない)の暮らしが、飛び降り自殺をしたある男性の魂と共に描写されるという、少しシュールな演出がなされているが、経済成長に向けて突き進むシンガポール社会で取り残された「ハートランダー」(シンガポール国民の約80%が住む「HDB住宅地=ハートランド」に住む人々)の虚しさ、孤独感、報われなさが淡々と描かれた傑作だ。

 エンドロールを眺めていたところ、撮影地と思しき場所が表示されていた。
Sterling Road block 172」…ということは、クイーンズタウンだ。
 早速、訪ねてみることにした。ちなみに、同じクイーンズタウンでも、ショッピングモール「アンカーポイント」付近を歩いた時の日記はこちら。


いざ、Sterling Roadへ

 クイーンズタウンは、シンガポール最初の「サテライト・タウン」(satellite town)として1950年代にシンガポール改良信託(SIT、Singapore Improvement Trust)による開発が始まり、1960年以降は住宅開発庁(HDB、Housing Development Board)が開発を引き継いだエリア。HDBのウェブサイトでも「大切な思い出と緊密なコミュニティに満ちた独特の住宅地」と表現される、シンガポール最古のニュータウンだ。その中でも、最初に建てられたHDB住宅(1960年10 月竣工)である45号棟、48号棟、49号棟をまず目指した。国家遺産局(National Heritage Board、国立遺産局との訳もあり)によって、「My Queenstown Heritage Trail」に定められているとのこと。建設当時、周辺地域は主に未開発の沼地だったそう。そのため、住民はアパートを「7階建て」を意味する福建語の「qik lao(七楼)」と呼んでいた。

確かに、かなり詳細にその歴史が記載されている

 近辺を歩いていて、長屋形式の住宅がかなり残っていることに気づいた。長屋でなくても、小さな低層住宅が立ち並んでいるエリアがあり、静かで人気もない。

低層住宅の後ろにコンドミニアムがそびえ立つ光景
ブロックが積み上げられたようなデザインのHDB

 Sterling Road block 172は、地図上では見つけられず。一雨きそうな怪しい天気の中、ぶらぶら探してみることにした。

Block 170は撮影地の近くだが…
すぐ横にはコンドが建っていた

 時が止まったような、時代に取り残されたような、ゆったりとした時間の中で、しかし、ついにロケ地と思われる場所「Block 172」を探し当てることはできなかった。(そして、間もなく雨がパラついてきたため、残念ながら散策は中止した)

クイーンズタウンを深く知る

 「シンガポールの街を知る:ホランドビレッジ」でも少し紹介したが、価値がありながらも見過ごされがちなコミュニティの文化、ヘリテージ(遺産)、伝統を保存し、住民(シンガポール国民)が生活の日常的な側面や地域の歴史を称え、コミュニティに根づいた経験を促すためのMy Communityという活動が近年知られている。

 創設者の2人は、2009年頃に活動を開始したようで、当初はクイーンズタウンで地域のガイド付きツアーを企画したり、コミュニティの課題についてブログを書いたりしていた。

 クイーンズタウンは、第一次開発が終了した後、一旦は高齢化した街だが、再開発によって、少しずつ「チェーン店でないちょっとオシャレなカフェ」や「私設図書館」が生まれてきている。派手さはないかもしれないが、地域にしっかりと根ざした社会経済活動に触れてみよう。
 余談だが、よく行く屋台のマダムと最近仲良くなり、短時間立ち話をしたりちょっとした物をもらったりするようになった。今回は、労働者としてではなく生活者としてローカライズされる時間の余裕があり、それもまた楽しい。

参考:

・My Community「My Queenstown Heritage Trail

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