◯先生に怒られないために頑張る? 今週、こんなことがあった。国語の授業で漢字スキルの練習の時間でスキルを忘れてしまった児童がいたため、プリントを印刷しようと印刷室に向かった。子どもたちには、「少し印刷室に行くから、静かに漢字スキルやっててね」と伝えた。印刷を終えて教室に戻ろうとすると、廊下にはAさんの叫び声が鳴り響いていた。自分が階段を上がった瞬間の出来事であったので、廊下に出ているAさんとちょうど遭遇したのであった。Aさんは当然まずいと思い、すぐに教室に戻った。 教室に
◯アウトプットの習慣 ありがたいことに自分は初任の時から自分の実践を振り返ったり、アウトプットしてフィードバックしてもらえるような環境にいる。初任の時は1時間くらいの対話を通しての振り返り、2年目はブログでの振り返り、そして今が3年目である。 今年は自分の勤めている市町村の勉強会で定期的にnoteに書いたことを発信している。毎週、日曜日と決まっているが、最近書くことに悩んでいる。2年目も同じように文章を通して振り返りをしていたが、毎週スラスラ書けた。自分自身が学級経営に悩
◯「先生!〇〇さんに〇〇されました」 1年生の担任をしていると、毎日のように、毎時間のように「先生!〇〇さんに〇〇されました」という子どもたちからの報告があとを絶えない。内容に関しては、「悪口を言われた」「押された」「叩かれた」「横入りされた」など小さいことから大きいことまでさまざまである。 そんなことを子どもたちから聞くたびに自分が間に入って聞き取りをしたり、指導をしたりしている。もちろん教師が対応することも大切ではあると思うが、本当にこのままでいいのかという疑問もあっ
◯日本体操協会 機械運動・体つくり運動講習会 本日、日体大で行われた体育科の勉強会に参加した。1日かけて機械運動と体つくり運動に特化した実技講習であった。体つくり運動では日本体育大学の名誉教授である荒木 達雄先生、機械運動では、東京国際大学准教授である髙橋 孝徳先生による講義であった。 参加しようとしたきっかけはいたってシンプルであり、自分自身が体育の授業をするのに苦手意識をもっているからである。そんな勉強会で学んだことをアウトプットしようと思った。 ◯子どもたちに考える
◯12時間労働を超える毎日 今年度で教師になって3年目になった。初任の時から効率的に仕事をこなせる方ではなかった。どちらかというと時間をかけて何とか仕事をこなすタイプである。だから朝も1番に学校に来て帰りも1番最後まで残っているということも珍しくなかった。それに合わせて毎週土日のどちらかも出勤していた。 ただ、そこに辛さがあったわけではなかった。特に1年目はなりたかった憧れの教師になれたということもあり、毎日が楽しかった。子どもと会うのが毎日楽しくてそんな子どもたちを
◯自分の発言の意図を振り返る 前回のブログで紹介したが、佐伯夕利子さんの『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術」という本に指導者は「自分の言動に意識をもつべきである」とされている。具体的には、自分自身の言動に「なぜそのようにしたのか?」と問いかけたときに、答えられないのは意図のない言動であるとされている。 強く共感した。そして教師は日々、自分の言動を振り返らなければいけないと思う。本当に自分の言動が意図したものであるのか、意識的なものなのかを考えていかな
◯「問い」を投げる どうしてもスポーツの指導者は勝敗などの結果にこだわってしまう。だからこそ、「もっとこうするべきだ」と自分の考えを押し付けてしまいがちである。あたかもそれが正解かのように。教育現場でもそうであると思う。子どもが正しくない行動をしたら、その行動にダメ出しをして「こうあるべきだ」というあるべき姿を押し付けてしまうことがあると思う。そこには、大人が子どもを支配している図があると思う。 大切なのは主語を子どもにすることである。そこで、本書では「問い」を投げるこ
最近読んだ本で『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』という佐伯夕利子さんの書いた本で学べることが数多くあったので、そんな学びを言語化してみようと思う。サッカー素人の自分でも知っているスペインのサッカークラブ「ビジャレアル」の人材育成の改革についてまとめられた1冊であるが、これはサッカーの指導者だけではなく、教師にもいかせる部分が数多くある。 ◯自分自身の指導を振り返る ビジャレアルの指導改革のスタートは「自分自身の指導を振り返る」ことからであった。練習
◯夏休み明けの子どもたち 明日から2学期が始まる学校が多いのではないだろうか。子どもたちは現在どのような心境であるだろうか。 「最高の夏休みだったからもっと遊びたいな」 「久しぶりの学校、ちょっと不安だな・・・」 「家で退屈だったから、早く学校に行きたいな」 「また、学校始まるのか・・・めんどくさいな」 このように子どもによって色々な感情を抱いているだろう。様々な気持ちやモチベーションの中で少なからず「不安」という感情はあるのではないかと思う。学校自体に不安を
◯人の話を聞くのが苦手 自分は人の話を聞くのが非常に苦手である。と言うよりもあまり人の話に興味をもてていないのである。興味のない話を相手からされた時に「早く終わらないかな」と思ってしまうことすらある。きっとそれが表に出てしまって相手の話を聞き出すことができない。仮に興味がある内容だとしても、盛り上がって自分が話を遮って話してしまうこともある。その度に「またやってしまった」と自己嫌悪に陥ることになる。最近になって自分のそのような部分に気づいたと思う。 そんな自分が嫌で変
◯子ども代表スピーチで考えさせられた 平和学習の3日間の中で最も刺激を受けたのは8月6日の平和記念式典での広島市内の子ども代表スピーチであった。市内の6年生が本当に立派なスピーチをしていて心に響くものがあった。その中でも特に考えさせられたのは「わたしたちができる平和とは何でしょう。」という訴えかけであった。当然、1人の力で戦争を無くすことは難しい。そもそも戦争がないことが平和なのか。平和とは何なのか。色々と考えさせられた。それと同時に子どもたちに考えさせたいと思った。「今
◯過去にあったことを伝える 被爆者の方がこのようにお話していた。今こうして話を聞いて下さる皆さんたちが話を聞いて下さる最後の世代かもしれません。」戦争が終戦したのは今から79年前であるため、語り部の方も少なくなっているのが事実である。したがって、79年前の惨禍を風化させないためにも、被爆者の方のお話を聞いた自分たちの役割が重要になってくると思う。ありがたいことに自分は教師という立場で、常に自分の経験を話すことができる場がある。平和学習の3日目の帰りの新幹線では、子どもたち
1945年8月6日8時15分、人類史上初めて、広島県に原子爆弾が投下された。同じく1945年8月9日11時2分、長崎県に原子爆弾が落とされた。原子爆弾が落とされてから今年で79年となったが、79年と聞いて遠い昔に感じるだろうか。それとも意外と最近のように感じるだろうか。 自分は縁あって、昨年の8月5日から8月7日の3日間、自分の勤務する市内で行われている広島平和派遣学習に参加することができた。3日間で平和記念式典に参加したり、被爆した土地や建物を訪れたり、被爆者のお話を
◯1学期を終えて 1年生を初めて担任している今年度であるが、無事に1学期が終わった。振り返ってみると、怒涛な1学期であったように感じる。今まで経験した1学期とは少し違った。というのも、小学校に入ったばっかりということもあり、分からないことばかりであった。だからこそ、生活のルールなどの基礎的な部分の指導から始まる。色々とやりたいことはあるけど、指導しなければいけないことが多くあり、正直余裕のない1学期であったと思う。だからこそ、ここでゆっくりと1学期を振り返っていきたい。
◯怒りすぎてしまう毎日 今年度は1年生を担任しているが、本当に難しさを感じる。昨年度は5年生を担任してかなり苦しい1年となったが、今年度はまた違った壁にぶつかっているように感じる。決してクラスが落ち着いていないわけではないと思う。子どもたちも学校生活に慣れてきたので、日々成長を感じているのだが、自分の行いたい学級経営とは乖離している感じがしている。だからこそ、ここで一度振り返っていきたいと思う。 どんなことに苦しさや違和感を感じるのか振り返ってみたときに一言でいうと怒り
◯子どもを叱りすぎていると反省 今年度は1年生の担任をしているが、毎日反省していることがある。それは、子どもたちを叱りすぎていることである。もちろん意図的に叱っているのであればいいと思うのだが、そうではない場面がある。感情的になってしまうケースである。特に自分が感情的になってしまっているのは、注意しても何度も繰り返して行うケースだと思う。また別の機会で振り返っていきたいが、自分が感情的になってしまうのは「こうあるべきだ」という自分の中の理想の子ども像を押し付けていたり、自