早稲田大学人間科学部eスクール「ライフコース論」最終レポート

 このレポートは、早稲田大学人間科学部eスクールの4年生春学期(2008年前期)に受講した「ライフコース論」の期末課題に提出したものです。ライフコース論は人の一生について考察する社会学の一分野ですが、この授業は、その研究手法について学ぶものでした。1学期15回にわたって学んだインタビューやアンケートを含む研究手法を使って、どのようなことを研究してみたいか――という研究計画書を書くのが期末の課題でした。

 早稲田大学人間科学部eスクールは、健康福祉科学科(健康福祉)、人間環境科学科(環境)、人間情報科学科(情報)の3学科から成っていましたが、リベラルアーツの掛け声のもと、学科の壁はないも同然の状態で、他学科の授業も自由に受講できました。私は情報の所属でしたが、「将来、マンガや小説のネタに使えるかもしれない……」といった下心もあって、情報以外の科目も積極的に受講するようにしました。このライフコース論も、ふつうの生活では縁のなさそうな分野でしたが、だからこそ、こんな機会でなければ学べない分野だと考え、受講を決めました。

 担当だったI先生にキャンパスでバッタリ遭遇したときに、期末レポートの課題について、どんなものをやったらいいかと相談したら、「すがやさんならオタクについて調べなさいよ」と即決でアドバイスしてくださいました。ちょうど『萌え』がブームだった頃ですが、なんと、その『萌え』を『電波男』という本で広めた本田透さんは、早稲田大学人間科学部の出身で、在学中はI先生のゼミに所属していたとのこと。そんなこともあり、『萌え』以前の「オタクの研究」をとアドバイスしてくださったようでありました。

 前述のとおり、これは「研究計画書」であり、実際に研究したものではありません。でも、機会があれば、こんな研究をしてみたいと考えています。

 なお、書いたのは2008年の7月頃ですので、オタクについての状況などは、現在とは異なっているところがあります。その点、ご了承ください。

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戦後若者文化の変遷――“オタク”と“萌え”を生んだもの

 2********  菅谷 充

(「ライフコース論」最終レポート)

1:研究テーマと、そのテーマを選択した理由

研究テーマ:「戦後若者文化の変遷――“オタク”と“萌え”を生んだもの」

テーマを選択した理由

 バブル経済崩壊の痛手から立ち直れないまま21世紀に突入した日本の経済は、その後も低迷をつづけていたが、そのような状況のなか、輸出額が増加の一途をたどる商品があった。それはアニメやゲーム、関連キャラクター商品などの、いわゆるオタク系ビジネスの製品であった。
 2003年、日本貿易振興会(ジェトロ)が、「米国での日本製アニメーション関連ビジネスの市場規模は02年に43億5911万ドル(約5200億円)で、日本から米国への鉄鋼輸出額の4倍」という調査内容を伝え、新聞などで大きく報道された後、この報道に影響されたかのように、文部科学省(文化庁)の扱いであったマンガ、アニメ、映画、音楽、ゲームなどの著作物についても経済産業省が担当に含め、以後、「コンテンツ産業」と総称されるようになった。
 このように政府や産業界がオタク産業に理解を示す一方で、従来のオタクは、「アキバ系」、あるいは「萌え」という言葉に象徴される新世代の侵蝕を受け、オタキングとも称される岡田斗司夫は、『オタクはすでに死んでいる』(新潮新書、2008)という本を出すに至っている。
 その「オタク世代」を放逐しつつある「萌え世代」の代表が、『電波男』の著者として知られる本田透であるが、オタクと萌えには、いったい、どのような違いがあるのであろう。
 また、オタクが誕生する以前の日本には、オタクのようなマニアは存在しなかったとは思えない。何か面白いこと――とりわけ若者向けとされるサブカルチャーに対し、強いこだわりを持つ人びとは、「フリーク」「ディレッタント」などと呼ばれながらも、いつの世にも存在したのではなかったのか。ただし、そのような人びとは、一部の好事家であり、社会との関わりを避ける傾向のあるオタクや萌えとは一線を画していたようにもみえる。
 そこで、「オタク前史ともいえる時代から、オタクや萌えが隆盛を誇る現在に至るまでの間、人びとがサブカルチャーとどのように関わってきたかを検証し、オタクや萌えの起源を探ってみたい」と考えたのが本研究の動機である。とりわけ本研究では、社会の変容や各時代に発生した事件、イベント、ブームなどが、少年たちの心理に与えた影響についても検証してみたい。
 
2:対象者のコーホート構成

 本研究では、太平洋戦争後に誕生した「団塊の世代」以降の人びとを対象とし、対象者の生年による生年コーホートとして分析する。
 生年コーホート構成は、以下のとおり10年刻みとする。10年刻みとしたのは、オタクの世代分けが、ほぼ、この年代分けに該当するからである(岡田斗司夫、本田透などの著作を参照。また、ここでは便宜上、各コーホート群ごとに、それぞれの特色を示した“世代名”をつけた。ただし、この世代名は、現段階では仮称としておく。実際の調査・分析の結果は、ここで命名した世代名とは異なる可能性もあるからである。

 1. 昭和21~30年(1946-55)→マンガと共に成長した“前オタク世代”
 2. 昭和31~40年(1956-65)→テレビで育った“元祖オタク世代”
 3. 昭和41~50年(1966-75)→親がサブカルに寛容な“新オタク世代”
 4. 昭和51~60年(1976-85)→2次元キャラに恋する“萌え世代”
 5. 昭和61~平成2年(1986-95)→ケータイを手放せない“ケータイ依存世代”

3:データ収集の方法

 団塊の世代以降の趣味・嗜好の分野に敏感な人びとの多くは、インターネットを利用しているものと考え、データ収集用のWebサイトを準備し、オンラインでアンケートに答えてもらう方法をとる。
 データ収集の内容としては、現在までの経験について訊ねる「回想法」を採用する。
 アンケートの内容は、末尾の付録のような内容を考えている。

4:データ分析の方法

 データの分析は統計的手法により、「5世代間のサブカルチャーに対する意識を調査する“コーホート間比較”」「世代ごとのサブカルチャーについての意識の違いを確認する“コーホート内比較”」の2種類のコーホート比較を実施する。
 岡田、本田の著書によれば、萌えも含むオタクの世代間には、体験したマンガ、アニメ、模型などに、明らかな差異があるという。コーホート間比較では、「前オタク世代」「元祖オタク世代」「新オタク世代」「萌え世代」「ケータイ依存世代」それぞれに属する人びとが、過去から現在までに、どのような事件やイベント、趣味・嗜好に強く関心を示してきたかを分析し、世代ごとの特色を明らかにする。
 コーホート内比較では、マンガ、アニメ、ゲーム、フィギュア、小説などのジャンルごとにオタクや萌えが存在することを確認する。同時に、古くから存在するマンガや模型などの時代による変遷の状況、新しいジャンルのゲームやフィギュアの登場時期なども確認してみたい。

5:予想される結果と結論

【仮説】オタクや萌えは、オイルショックやバブル崩壊の“負の申し子”ではないのか。

 岡田、本田によれば、オタクの誕生は、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の誕生を契機としたものだという。それも最初にテレビ放映された1974年ではなく、1976年以降、夕方に放映された再放送で『ヤマト』の存在を知った中高生が、それまでの子ども向けアニメとは異なる要素を発見し、学校や塾で話題にしていったらしい。
 この傾向に火をつけたのが1977年春発行の号で『宇宙戦艦ヤマト』を特集した『月刊OUT』というサブカルチャー雑誌であった。中高生のアニメファンは、さらに『機動戦士ガンダム』にも注目する。アニメに熱中する中高生(1959~65年生まれ)が「元祖オタク世代」であり、彼らを対象に多数のアニメ専門誌が創刊される事態にもなった。
 かつてアニメは、中学生になると同時に卒業するものだった。では、なぜ、この時機に、中高生のアニメに対する偏愛が高まったのか? これがコーホートに共通した現象なら、そこには何か理由があるはずである。
 この直前、日本には、それまでの国民や社会の価値観をひっくり返すような出来事があった。オイルショックである。高度成長経済を謳歌してきた日本は、1970年の大阪万博に象徴される繁栄のピークを迎え、日本列島改造論によるインフレを迎えていた。その直後に中東で起きた戦争によって世界的なオイルショックが発生し、ガソリンスタンドの休業、トイレットペーパーや石鹸の消滅、昼間と深夜のテレビ放送中断、夜間のネオンサインの自粛などがつづく。この出来事によって、それまでつづいていた日本の高度経済成長が、中東のオイルの上に浮いていた“油上の楼閣”にすぎなかったことが露呈した。さらにオイルショックが引き起こした経済的な混乱により、バラ色の未来が消え失せ、日本の先行きも不透明になった。
 ユリ・ゲラーのオカルトや「ノストラダムスの大予言」という終末論のシャワーを浴びた直後に、オイルショックの直撃を受けたのが、「元祖オタク世代」でもあった。
「オタクとは、社会の現実に目をそむけ、フィクションの世界に埋没することで、自身のアイデンティティを確認する」という説もある。「元祖オタク世代」が目をそむけたのは、オイルショック後にやってきた“お先真っ暗な”現実社会の姿ではなかったのか。
 21世紀になってから登場する「萌え世代」は、「2次元キャラを恋愛対象にする」のが特長とされているが、「フィクションの世界に埋没」する点においては「元祖オタク世代」と変わりない。「萌え」が社会的に認知されたのは2004年とされているが、その世代も、バブル崩壊後の就職氷河期を含む「失われた10年」に思春期を過ごし、成人していった世代でもあった。「できれば大人にはなりたくなかった」というのが、この世代にとっても本音ではなかろうか。
 以上のような考察から、「オタク」や「萌え」の誕生には、それぞれの世代(コーホート)が共通して体験したオイルショックやバブル崩壊が、大きな影響を与えていたことが推察される。バブルの時代には、ボディコンやディスコに代表されるイケイケなカルチャーが多かった反面、オタクの影が薄かったことを考えても、やはり、社会が負の方向に向かったとき、「現実から目をそむける」という意味で、「オタク」や「萌え」が登場するのではなかろうか。

【予想される結果】本研究で実施するアンケートを精査するによって、「オタク世代」と「萌え世代」が受けた社会的な影響に、何らかの共通項が浮かび上がることが予想される。

【予想される結論】本研究を実施することで、「オタクと萌えが、それぞれオイルショックとバブル崩壊という社会現象の“負の申し子”ではないか」という仮説が実証され、結論となることを期待したい。

6:参考文献
大久保孝治・嶋﨑尚子 1995 ライフコース論(放送大学教材) 日本放送出版協会
岡田斗司夫 1996 オタク学入門 新潮社
岡田斗司夫 1997 東大オタク学講座 講談社
岡田斗司夫 2008 オタクはすでに死んでいる 新潮社
岡田斗司夫・森永卓郎 2008 オタクに未来はあるのか!? PHP研究所
宝島(編集) 1992 ぼくらの時代大年表 JICC出版局
宝島社 2007 1970年大百科・新装大版 宝島社
宝島社 2007 1980年大百科・新装大版 宝島社
本田透 2005 電波男 三才ブックス
本田透 2007 脳内恋愛のすすめ 角川学芸出版
本田透 2006 喪男の哲学史 講談社
本田透 2005 萌える男 筑摩書房
米澤嘉博 1996 少年マンガの世界I―子どもの昭和史(別冊太陽) 平凡社
米澤嘉博 1996 少年マンガの世界II―子どもの昭和史(別冊太陽) 平凡社
(その他、多数)
 
7:付録

■アンケート内容
・生年 ・年齢 ・性別(基本的に男性を対象としたい)
・出身地(都道府県単位。地方によって放映されていたテレビ番組が異なるため)
・既婚か独身か ・既婚の場合、子どもの数 ・独身の場合、独居か親と同居か、恋人はいるか

・記憶に残る最古のマンガ、テレビアニメ、テレビドラマ、お笑い番組は?
・記憶に残る最古のアイドルは?
・記憶に残る最古の映画と特撮映画は?
・記憶に残る最古のアニメ映画(劇場アニメ)は?
・最初にプレイした家庭用ゲーム機ハードとソフトは?
・最初に作ったプラモデル、模型は?

あなたが小中高時代に……
・もっとも好きだったマンガ、テレビアニメ、テレビドラマ、お笑い番組は?
・もっとも好きだったアイドルは?
・もっとも好きだった映画と特撮映画は?
・もっとも好きだったアニメ映画(劇場アニメ)は?
・もっともプレイした家庭用ゲーム機ハードとソフトは?
・もっともよく作ったプラモデル、模型は?
(それぞれを小学生、中学生、高校生時代ごとに回答)

あなたが現在……
・もっとも好きなマンガ、テレビアニメ、テレビドラマ、お笑い番組は?
・もっとも好きなアイドルは?
・もっとも好きな映画と特撮映画は?
・もっとも好きなアニメ映画(劇場アニメ)は?
・もっともプレイする家庭用ゲーム機ハードとソフトは?
・もっともよく作るプラモデル、模型は?
・もっとも好きな小説作品(ライトノベル等も含む)は?
・もっとも好きな小説家は?

・あなたが初めて音楽を聴いたメディアは?
  レコード、オープンリール・テープ、カセットテープ、CD、MD、メモリプレーヤー。
・過去に何かコレクションしていたものはありますか?
・現在、何かコレクションしているものはありますか?
・あなたの印象に強く残っている事件、イベントは?
  東京オリンピック(1964)、金喜老事件(1968)、東大入試中止(1969)、大阪万博(1970)、瀬戸内シージャック事件(1970)、よど号ハイジャック事件(1970)、三島由紀夫事件(1970)、あさま山荘事件(1972)、オイルショック(1973)……阪神淡路大震災(1995)、オウム事件(1995)、911テロ事件(2001)などを例示。
・あなたの印象に強く残っているブームは?
  スプーン曲げ(1972)、ノストラダムスの大予言(1973)、口裂け女(1979)、スペースインベーダー(1979)、ルービックキューブ(1980)、人面魚(1990)……などを例示。
・あなたの憶えている流行語は?(自由記述)
・あなたがこだわりを持っているサブカルチャーの分野があれば、それについて記述してください(自由記述)。

・現在あなたは、自分の趣味・嗜好のために、月額いくらくらい費やしますか?
・現在あなたが自分の趣味・嗜好のために費やす金額は、月収の何割くらいですか?
・現在あなたは同人誌活動をしていますか?
・同人誌活動をしているとすれば、それはどのような分野ですか?
  マンガ、小説、評論、ゲーム、アニメ、その他。
・あなたは現在の生活に満足していますか?
・満足している人は、その理由を挙げてください。
・満足していない人も、その理由を挙げてください。
・あなたは自分のことをオタクだと思いますか?
  イエスの場合、どのようなジャンルのオタクか教えてください。
・あなたは何かに「萌え」ていると思いますか?
  イエスの場合、その対象を挙げてください。

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 以上の最終レポートの前に、以下のような小レポートも書いていた。これは、授業で学んだ数多くのデータ収集法、データ分析法の仲から、最終レポートで扱う研究で使ってみたいものを挙げたものである。

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第二回レポート課題

最も興味を持ったデータ収集法=「回想法」
 私は現在オタクと称される人びとの共通体験に関心を持っている。オタクの王様と称する岡田斗司夫氏は、最新著作『オタクはすでに死んでいる』で、現在、秋葉原を中心にブームとなっている「萌え」が理解できないと述べている。「萌え」については池岡ゼミ出身の本田透氏が有名だが、このオタクの変化を考えるとき、そこに、どのような原因があるのか、非常に興味がある。そこで、できたら岡田氏(1958年生まれ)、本田氏(1969年生まれ)の両氏を含む同世代の人びとにインタビューして(またはアンケートを取って)、オタク世代と萌え世代の共通体験と非共通体験を調べてみたい。
 その際、「前オタク世代」としてサブカル経験豊かな「団塊の世代」も調査に加えてみたい。本田氏の世代は「団塊ジュニア」の世代にも近いが、彼らに父親の世代(「団塊の世代=サブカル世代」でもある)が何か影響を与えていないだろうか。そのようなことにも興味がある。
「サブカル世代」「オタク世代」「萌え世代」と3つの「世代」でくくったが、これはデータの分析にコーホート分析を使うことを意識してのことである。そのためには回想法による面接調査の際には、質問事項を標準化した「指示的面接法」を使う必要があろう。

最も興味を持ったデータ分析法=「統計的分析」
「サブカル」「オタク」「萌え」の3世代を分析するには、やはり統計的分析が適しているように思う。一般的な調査では、コーホートの共通体験として、東京オリンピック、大阪万博、オイルショックといった社会的事象が使われるように思うが、「サブカル」「オタク」「萌え」の調査では、「初めて読んだマンガ」「初めて好きになったアニメ」「小学生時代に好きだったテレビ番組」などをキーワードに調査すれば、それらの普及率、時機、期間などによって、3世代の特色が明白に現われるのではなかろうか。


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