「制度を憎んで人を憎まず」-マーケットデザインについて独断と偏見に基づいて語る

はじめに

マーケットデザイン、今の僕の商売道具ではあるものの、未だにその魅力を上手く伝える方法が分かっていない。というかそもそも自分が「マーケットデザインとは何か」についてよく整理しないまま過ごしている気がする。

ということで、独断と偏見に基づいてマーケットデザインについて語っていきます。

※いくつかの媒体でマーケットデザインについて紹介する記事を書いていますが、それらと比べてかなり僕の偏見が混ざっており、正確性も担保できません。悪しからず。

マーケットデザインとは何か

マーケットデザインとは、一言で表すのは難しいがどのような制度・市場を設計すれば、社会全体がよりハッピーになるかを探求する学問である。例えば最近の事例で言うと、「早い者勝ちでワクチン接種の予約を受け付けると多くの人が繋がらない電話をかけ続けロスをするから、上手く制度を変えてこのロスを無くそう」といった具合だ。

とはいえ、希少な財の配分を考えるなら「受け取った人はハッピーになるが、受け取らなかった人は不幸せ」という話になるし、誰しもがハッピーになれる配分とは、という(時には政治的、倫理的な要素を無視できない)大きな問題にもつながる。そんな中で、個人的にマーケットデザインの原点ではないかと感じている超有名な研究成果を二つ紹介する。

マッチング理論の原点-ゲール・シャプレーアルゴリズム

まず、マッチング理論(マーケットデザインのうち、金銭のやり取りを伴わない制度設計を扱う領域)の偉大な成果、ゲール・シャプレーアルゴリズム(Gale and Shapley (1962)による)を紹介したい。これは「男女がお互いに好みの相手が誰かという情報を出し合い、その情報をもとにどのようにカップルを成立させるか」といった状況に適応できるアルゴリズムで、ググれば日英問わず沢山の文献が出てくるので詳細は割愛する。このアルゴリズムは

①男性は女性陣の、女性は男性陣の好みについて、正直に言っても得をしない(戦略的に嘘をついて得をする余地がない)
②お互いが「あの人とマッチングしたかったな」と思いあうような、決められた結果から相談して逸脱するような組み合わせが存在しない

という性質を満たすマッチング結果を導く。

①の性質は「Aさんが一番好みだけど他の人にも人気だろうから、Bさん狙いで行こう」といった駆け引きを防げる。つまり、各個人の本当の希望を集約することができるのだ。本当の希望を集約出来るという点は公共政策上重要だ。例えば保育園入所において、保護者が駆け引きを行うようなルールに基づいて入所決定をしていると、本来の希望とは異なるデータに基づいて保育所の設置計画等を進めないといけない。「本当はこういう保育所のほうが需要が高いのに…」という事態を招いてしまう。

また、②の性質が満たされていることから、ゲール・シャプレーアルゴリズムを使えば、特に制約をかけなくとも「このマッチング結果に従ってください」という指示に各人が自ずと従ってくれる。

勿論、一番の好みだった女性とマッチングできなかった男性にとっては、ゲール・シャプレーアルゴリズムはその好みの女性とマッチングできるアルゴリズムと比べて望ましくないものだろう。先に述べたように、誰もが納得する配分というものはそもそも存在しないことが多い。そのようなことを踏まえても、このような性質はあったほうがいいよね、それはこういうルールで満たせるよというマッチングアルゴリズムの工夫の意義を示した功績は測り知れない。

オークション理論の「原点」ーVCGメカニズム

オークション理論(マーケットデザインのうち、金銭のやり取りを伴う制度設計を扱う領域)を語る上で欠かせないのが、Vickrey(1961)Clarke(1971)Groves(1973)によって定式化されたVCGメカニズムである。

簡単にこのメカニズムの特質を述べると、

①オークションの参加者には、財に対する自身の価値を正直に申告するインセンティブがある(高く申告したり、低く申告したりしても、損することはあれど得することはない)
②どの参加者についても、「個々の参加者にとっての最適な行動」と「参加者全体にとって特になるような行動」が一致する

という形だ。(他にも限界貢献度が…といった込み入った話もあるが、詳細は松島先生の経済セミナー連載などを御覧いただきたい。)

①はゲール・シャプレーアルゴリズムで挙げた性質に酷似している。得てして、人は「私はこの商品に高い価値を感じているんだ!」と嘘をつくことで他の人との購入競争に勝とうとしたり、逆に「この程度の価値しか感じていないから…」と安く買い叩こうとしたりすることがある。そのような戦略的な駆け引きの要素を取り除くことで、本当に一番高い価値を感じている人は誰かを探し出すことができる。

更に②は特筆すべき点だ。例えばCOVID-19の流行でいうと、社会全体で見るとある人が感染することとセットで他の人への感染リスクを考慮すべきだが、個々人では自身の感染リスクのみ考慮して行動することにより、社会全体として望ましい自粛レベルよりも実際に各個人が選ぶ自粛レベルのほうが低くなることが考えられる。例えば下の図のような例だ。

画像1

このような問題を解決する方策はいくつか考えられるが、VCGメカニズムの②の性質をもつような仕組みを作ることで、自ずと社会全体を良い方向に向かわせる、というのがオークション理論の重要なポイントの一つだと考えている。

制度を憎んで人を憎まず

ゲール・シャプレーアルゴリズムにせよ、VCGメカニズムにせよ、(不要な)人々の戦略的な駆け引きの余地を無くしつつ、社会全体で見たときに望ましいと言えるような帰結を導き出すように工夫している。

勿論、「より良い社会とは何か」については多くの意見・尺度があり、どのような社会を望むべきかの方針は別途議論する必要があるだろう。一方で、ここまで見てきたように「このような性質は無くしたほうが良い」という問題を解決する策の提案、あるいは望ましい社会の方向性を定めた上で「このような社会を実現するには、こういった仕組みを整えると良い」というサポートをしていくのがマーケットデザインという学問の役割だと考えている。

世間の人々が個の利益を優先するような行動をとっているときも、制度を憎んで人を憎まず。自ずと社会全体にとっての利益につながるような行動を選択してもらえる仕組みを整えることで、巡り巡って様々な人がハッピーになれる社会を作る。そんな大きな可能性を秘めるマーケットデザインという学問に、僕は惹かれ続けている。

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