「手帳と手書き譜から辿るフランシスコ・タレガ伝」手塚健旨著
フランシスコ・タレガと言ってもクラシックギターを愛好している人以外には、ほとんど知られていないだろう。だが、タレガの名前を知らなくても彼が作曲した「アルハンブラの思い出」を知っている人はいるだろう。そして、タレガがどのくらいクラシックギターの歴史において重要な人物かというと彼をもって「近代ギターの父」と呼ぶくらいなのである。
クラシックギターはベートーベンが活躍した19世紀初めの古典派音楽の時代にフェルナンド・ソルやマウロ・ジュリアーニなど優れた演奏家兼作曲家を輩出して黄金期を迎えた。ところがピアノが改良され、ブルジョアの家庭に浸透するに連れて、手軽な和声楽器の地位をピアノに奪われてギターは衰退して行った。1852年にスペインに生まれたタレガ自身、音楽家の道を歩むためにピアノも学んでいたものの、周囲からギターの才能を活かすように勧められてギターに専念するようになったのである。
彼はギターという楽器の特性を活かしたオリジナル曲を数多く作った。その多くは小品だが、端正な様式美を追求した古典派時代のギター曲とは異なり、ロマンティックで歌うような曲が多い。低弦の深い響きと、それと対照的なハイポジションの澄んだ美しい音も彼のギター音楽の特徴と言えるだろう。タレガによってギターは新しい命を吹き込まれ、衰退の命運から蘇生したといっても過言ではないようだ。
音楽家・ギタリストとしてのタレガは演奏を披露するたびに絶賛された様子が本書に記されている。だが、反面、清貧であり、富や名声には無頓着で、純粋にギター音楽を追求し献身した生き様も本書に記されている。著者は後書きにおいてつぎのように述べている。
タレガの伝記としては高弟のプジョールが著したものが有名で広く読まれている。ただし今日では、その邦訳書を一般の書店や図書館で手に取ることは難しい。本書はプジョールによるタレガ伝を翻訳したことでも知られる学識の深いギタリストが著したもので内容に信を置いてよいものと思う。
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