歴史は繰り返す?〜会計基準の変遷
損益法・動態論
時は遡ること40年以上の昔、新卒一括採用の慣行の下、会社が適性を判断して配属先を決めた結果、私はメーカーの経理部門に配属されたのであった。会計学も簿記もまったく知らなかったのに。
ともかく勉強しないと仕事もチンプンカンプンなので、会計学の本を何冊も読んだ。その中で横浜国立大学の先生だった黒沢清さんの「財務諸表論」はわかりやすくて面白かった。簿記の始まりはイタリアで、お金を募って航海して異国の珍品や特産物を買い付けて戻って来て売りさばく、その儲けを計算して出資者に分前を払って解散する、その都度その都度の計算の仕組みとして発明されたと書いてあったと思う。
そういった冒険企業のことをベンチャーと呼んだそうであり、後年、ITをドメインにした起業が流行った時にスタートアップ企業のことを、マスコミがベンチャー企業と呼んでいたので、内心それでいいのか?と苦笑したことを思い出す。
遠隔地の貿易がビッグビジネスであった時代から産業革命を経て、機械装置を用いた工業生産が莫大な利益の源泉になると会計の考え方も変わってきた。企業は解散を前提にするのではなくて、継続することを前提にするようになった。だから、一年もしくは半年という一定の期間の中での利益もしくは損失がいくらになったかを計算して株主に利益を配当する必要が生じた。
また、単純にお金の出入りを計算するのでは用をなさなくなった。製品の価格をいくらにするか、儲けがいくらなのかを明らかにするためにも、購入した機械装置は減価償却という計算をして製品のコストを計算する必要が生じた。他にも一定期間の利益を明らかにするために、将来の出費が確定もしくは出費の蓋然性が高くなったら費用を計上する発生主義の考え方が導入された。
こうした継続企業を前提とした会計の考え方は、損益計算を重視するので損益法とも動態論とも呼ばれるが、上記の黒沢先生の本を初めとして、私が社会人になって会計を勉強し始めた頃は、主流というか常識的な考え方であった。
これに対して、静態論という考え方もある。これは債権者を保護するため、債務の弁済力を表示することを目的とするもので、財産の評価が計算の重点となる。資産と負債の差額である純財産が事業年度の間にどれだけ増えたかで利益を計算するのである。端的には、長期にわたって使用する機械装置で生産する継続企業が主流になる前に採られていた考え方と言える。
日本の会計実務の特殊性
会計の基本的な考え方は以上のようにシンプルだったのだが話はそれで終わらなかった。当時の会計実務は会計学や財務諸表論の原理原則だけでは足りず、法人税法を勉強していないと手に負えなかった。例えば、減価償却だって当時の国税庁が決めた耐用年数があって、ほとんどの企業がそれにしたがっていた。
法定の年数より短い期間で償却計算をすると費用が過大ということで認められず、長い期間で償却計算をすると税金が多くなるからである。将来の出費に備えて当期に費用を見積もっておくことについても、厳しい制限があった。だから、損益法の会計理論をベースにしながら詳細は法人税法の制限に沿った会計処理が実務として定着していたのである。
これは仕方がない面もあった。税金の負担には公平性が求められるので、企業が恣意的な政策で採った方針の違いで企業ごとに税の負担に違いが出ては困るのである。だから、法人税法は箸の上げ下げのようなことも細かく規制しておく必要がある。したがい、1980年代くらいまでの日本企業は企業会計原則と税法の二重基準で決算を行っていた感じがした。
例えば、賞与(ボーナス)というものがある。企業にとっては労働組合と約束しているものでもあり、半年ごとに月給の他にお金を支払うことが決まっているのだから、発生主義にもとづいて毎月、費用を見積もって計上しておく。賞与を支給するのが12月だとして、4月から9月まで六等分して見積もっておくわけである。
けれども税法の立場からは少し事情が異なる。企業は業績が厳しくなれば賞与の支給額を組合と相談して減らすこともあるし、極端な場合は支給を見送ることさえあり得る。さらに支給日より前に辞めた人には支給しない。だから、債務として確定したものとは言えないという立場に立つ。ただし、社会的な慣習も認めて従業員がもらう賞与については支給する前に費用を見積もることは一定の範囲で認めている(役員については利益配分と考える)。
だから、企業会計では賞与は未払債務だが、法人税法では引当金の一つという扱いになる。また、引当金について企業会計上は条件が満たされた場合は計上せねばならないことになっているのに対して、法人税法では課税の公平の立場から、いくつか限定的にしか認めていない、という違いがある。二重基準というのは、そのような意味である。
会計ビッグバン
ところが80年代後半にバブル景気が始まり、それが90年代初めに弾けてしまった後で、会計ビッグバンと称される一連の改革が実施されて戸惑った。会計ビッグバンを一言で表せば日本の会計制度のグローバル・スタンダード化ということになる。
これは国を上げて大蔵省主導で行われたものだったと思う。バブル景気に先行して、日本企業は銀行からの借り入れを主体とした資金調達から、海外市場を含めたエクイティ・ファイナンス(株式公募など)による資金調達にシフトし始めていた。そのためには世界的に通用する財務諸表が必要だったのに、旧来の日本の会計制度はグローバルスタンダードから乖離していたために、海外の経営者や投資家が正しい企業評価を行えないという実情があったのだった。
それでは会計のグローバルスタンダードとは何かと言うと私にとっては、一口で言えるほど簡単ではない。動態論または損益計算をベースにする点では従前の日本企業の会計も同じだったが、子会社の損益は親会社の損益とは別のものとして公表する単独決算と、不動産や株式などに含み損があっても無視する取得原価主義が特に日本ローカルな会計制度として批判されたと記憶している。
つまり、会計ビッグバンやらグローバルスタンダードの会計と言われた時には、連結決算主体の会計報告と時価主義の採用が主な内容ということになる。ただし、時価主義とは言っても、あくまで取得原価で損益計算をするのはこれまで通りで、財産の一部について時価評価を導入して含み損失を明らかにするものだと理解した。そういう意味では、保守主義の原則を適用したものだと考えられないこともない。
その他にも2つの大きな隠れ債務〜リース債務と退職給付債務〜を明示したことも大きな変化だったと思う。リースについては資金調達の面だけではなく、オフバランスすなわち貸借対照表に資産も債務も計上しなくてよろしい、という点が企業にとっては使い勝手がよいと考えられていたくらいである。また、退職給付債務については法人税法が訳の分からない制限を一律に設定したために隠れ債務が生じていたという訳である。
また、会計ビッグバンで採用された税効果会計は、税法の規制は税法の規制として脇に置き、企業は会計理論にもとづいて損益を計算し、資産と負債を計上することを促した。税法とのギャップについては繰延税金資産と繰延税金負債を計上することによって、税金を表示する部分で調整されることになった。この結果、会計理論と法人税法の二重基準が存在することは解消されないものの、財務報告は会計理論に準拠した表示が可能になり、かなりスッキリした整理がされたと思う。
そして、会計ビッグバンは思わぬ副産物をもたらした。株式持ち合いの解消である。時価主義を投資有価証券の評価に導入したことによって、バブル崩壊以降の含み損が明らかになったことから、つきあいで保有していた他社の株式を売却して損切りする動きが広がった結果である。
この株式持ち合いは日本の大企業を中心とした産業界に独特なもので中央大学の教授であった奥村宏が「法人資本主義」と名付けて批判していたものである。奥村によると法人資本主義は次のような欠陥を持つとされた。
株式所有の空洞化をもたらしつつ、業績にかかわりのない株高を支える
系列内外を問わず業務提携を支える持合が、企業経営に対する監視機能を喪失し無責任体制を構造化する
会社不祥事の続発に歯止めをかけることのできない経営構造を生み出す
死ぬまで会社にしがみつく「会社本位人間」が成立する前提とすらなっている
一言でいえば株式の売買を含む、株主によるモニタリングが機能不全になっていたということである。現在の、物言う株主の存在や、株主総会がオープンで民主化されたことには株式持ち合いの解消という背景があったと言えよう。株主のモニタリングは全能ではないし、ややもすれば短期的な視点になることもあろうが、やはり進歩だったと思う。
国際会計基準
話はまだ続く。会計ビッグバンが開始された当初は、ヨーロッパにはヨーロッパの会計基準(IFRS=国際会計基準)があり、アメリカ合衆国には合衆国の会計基準があって、日本も独自にそれらと遜色がないグローバルスタンダードを満たす会計基準に磨き上げていくのだという考え方だったと思う。21世紀になってからの約10年間は毎年のように新しい会計基準が導入されたので追いつくのがたいへんであった。
そうこうしている内に、私自身は会計の仕事から離れて、内部統制や内部監査の仕事を行うことになり、会計基準の改訂を追いかけることから解放された。現在では、既に導入された会計基準のマイナーな修正が中心になっていると思われるが、今でも会計基準の見直しが企業会計基準委員会によって行われ、公益財団法人である財務会計基準機構によって公表されている。
ところが私などの知らない内に企業の実務は先に行っていた。私の勤めていた会社では、いつの間にか、IFRS(国際会計基準)を丸呑みにしていたのである。格好良く言うとIFRS adoptionとなるらしい。工場では数年に一度の法定点検が法令で義務化されており、機械装置の部品の交換を初めとしてまとまった費用がかかることが予想される。
したがって、それに備えて毎年少しずつ費用を見積もって「特別修繕引当金」に計上しているはずだと当然のように思っていた。しかし、工場の経理責任者から返ってきた答えは想定外だった。なんとIFRSでは認められていないので引当金は計上しておりません、ということだった。
強烈な違和感を感じた。工場の経理責任者の言は間違っておらず、自分が調べたところによるとIFRSが特別修繕引当金を認めないのは、定期的に大掛かりなメンテナンスを行う必要があると言ったって、将来、工場のラインをシャットダウンすることがあるかも知れないし、当該設備を売却することがあるかも知れないからだという。
え、継続企業の公準じゃないの?発生主義じゃないの?と80年代に会計学を勉強したロートルは思ったのだが、ある公認会計士の先生が書いた本に「IFRSはM&Aのための会計」だと書かれていて、あぁ、そういうことかぁと膝を打ったしだいである。事業の統廃合や切り売りをするのが前提だとすると、わざわざ将来のメンテナンス費用など、なんのために見積もっておくの?ということなのだろう。
会計基準について、日本基準とIFRSの違いは何か?とよくQ&Aの記事をネットなどで散見することがある。その際に、日本基準は細則主義でルールベースだが、IFRSは原則主義でプリンシプルベースだという説明がされていることが多い。だから、日本基準もIFRSも根っこのところは同じだと勝手に思っていたけれども、そうではなさそうである。
日本の会計基準は私が会計学を勉強し始めた頃と変わらず、3つの会計公準と7つの一般原則を旗印にしている。継続企業の公準も、保守主義の原則も健在である。これは発生主義に基づいて期間損益を計算することに重きを置くという意味で損益法・動態論の立場に立っていると言えるのではなかろうか?それに対して、IFRSは期間損益計算を行うと言っても、事業の統廃合や切り売りをするのを前提として、資産負債アプローチに重きを置く静態論に近い立場ではないかと思われる。だとすると、日本基準とIFRSの根っこのところはかなり違うことになる。
ところで、日本の企業がIFRSを採用するメリットはどこにあるのだろうか?もちろん、海外とりわけ欧州の資本市場で株式を上場して資金調達を行うのであればIFRSの採用はマストまたは有利ということはわかる。海外の投資家にとってわかりやすい財務報告を提供できるからである。しかし、私が勤めていた会社は海外に上場はしていないのである(転換社債を公募したことはあった)。
そう言えば、あの会社はダイナミックな構造改革を長いことかけて行ったよなぁ、と恐ろしいことに気がついた。特別修繕引当金はIFRSで認められないので計上していませんと私に説明してくれた経理責任者が勤めている工場も一昨年、海外の企業に譲渡されたのであった。会計実務の考え方が、静態論から始まって動態論になり、また静態論に戻った?単純に歴史は繰り返すとは言えないが、温故知新という言葉を思い出したのであった。
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