見出し画像

死生観とAI

2024年8月22日のNACK5『Good Luck! Morning!』内「エコノモーニング」では、こんなお話をしました。

先週は宮崎空港で大地震に遭遇したことをきっかけに、当初の予定を変更して災害とメディアのお話をしました。今日は、もともとお話ししたかった話題をお送りしたいと思います。先週15日はちょうどお盆でしたので、死生観とAI(つまり、人の生き死にに関する受け止め方と人工知能)のお話です。

さて、人工知能で亡くなった方を復活させるというビジネスが生まれてきて
いるのをご存知でしょうか。といっても本当に人が蘇るのではなくて、技術的にはディープフェイクと呼ばれるものを使って亡くなった方の写真などを元にその方そっくりの動画を作り、葬式で本人がお礼を述べたり、スマホから呼び出して話し相手のようにしたりするようです。私が知る限りでは韓国のテレビ局の取り組みが数年前にあり、今年前半には中国でそのようなサービスが登場しているという記事を見かけました。日本でも登場してきているようです。

想像してみて、おそらく抵抗感のある方も少なくないと思うのですが、
受け止め方は人それぞれだと思います。でも、亡くなった方と向き合いたい話したいという気持ちは、たとえば仏壇やお墓に手を合わせることの延長線上にありそうですし、位牌や写真に話しかけるのではなく多少なりとも反応してくれる動画に話しかけたいという気持ちも私は理解できる気がします。
こうしたサービスを私達が受け入れるかどうかというのは、おそらく個人の気持ちの問題なので、すぐに規制を論じたりするのではなく、じっくり考えていきたいですね。

私が好きな小説家の平野啓一郎さんの『本心』という作品がまさにそのようなテーマを扱っています。私はこの小説を読んだときに非常に考えさせられたのですが、ちょうどこの秋に映画が公開されるようです。その映画などを見ながら社会的に議論が深まっていくことを期待したいと思います。

一方で、少し難しい問題も出てきています。数年前に「AI美空ひばり」というプロジェクトがあったのをご存知でしょうか。歌い方や声をご本人そっくりに再現するものでしたが、アーティストの過去の作品など膨大なデータをAIに学習させることで、新しい芸術作品を生み出すという取り組みがいろいろ行われるようになってきています。海外ではオランダの画家レンブラントの絵の失われてしまっている部分を復活させるプロジェクトがありましたし、日本では手塚治虫さんの新作を作るというプロジェクトが有名だと思います。こうしたことを現在活躍中の方について行うとアーティスト本人の権利を侵害しているのではないかという疑いも出てくるので規制すべきだと主張する方々も少なくありません。では、著作権が切れた昔のアーティストや、最近の方でもご遺族の許可得てやるのはどうなのか、ということも考えなくてはなりません。こうしたものを「死後労働」と呼ぶ方もいます。

ところで、家族とコミュニケーションするためでも芸術作品を作るためでも
いいのですが、AIの学習用に、あなたが亡くなったとしてもSNSやスマホのデータを残してくれませんか、それとも絶対に消してほしいですかということを学生に聞くと、意見は非常にわかれます。残したくないという人がいちばん多いですが、わからないという答えも多い。残してもいいよという人も、やや少ないですがいます。そんな話を授業でした後に学生が感想で書いてくれたコメントには考えさせられました。「自分のInstagramなどのデータは消したいけれども、推しのアイドルのSNSデータはずっと残してほしい」というのです。自分のデータはいやだけど、好きな人のデータは残してほしい、というのは矛盾しているようですがすごく理解できるなと思いますね。

さて、ここからは最近のニュースです。政府は今月から、偽情報の拡散など生成AIの普及に伴うリスクへの対応策を議論するための有識者会議を設置しました。新たな法規制の導入も含めた検討を行い、ことし秋にも論点整理をまとめるそうです。また、AIの安全性についての評価基準を検討する政府の専門機関「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」という組織が誕生し、今月中にも事業者などがAIの安全性を確認するためのチェックポイントを整理して公表するとのことです。

AIなどの新しい技術を社会に導入していく際の「なじませ方」を考えていくためには、政府による規制の議論を注視していくだけでなく、芸術や文化、社会、家族関係などにも大きな影響を与えることになりそうで、そうした面からも動向を見守っていく必要がありそうですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?