SNS鍵垢と研究者倫理(その1)

あれから1年、そして前回の連載から3か月半。
書きたいことやそれを書くための時間ができましたので、第3回連載を開始することにしました。

なお、昨年3月の最初の記事「呉座界隈問題と私のTwitter夜逃げ(その1)」で書いたように、読者は(私への提訴を決定したのでなければ)私に手紙やメールを送ってこないでください。
送られてきても多分対応しません。

何か(感想とか分かりづらい箇所への説明希望とか)あれば、記事末尾にあるGoogleフォームからお気軽にどうぞ。
すべてに目を通すことは多分ないでしょうが、善処したいです。

「(2)第5項第5号に抵触する事由」

国際日本文化研究センター(日文研)のテニュアトラック助教だった呉座勇一は、昨年1月12日付で日文研から、同年10月にテニュアを付与すると通知された。
しかし同年3月の大炎上により、日文研は再審査して、同年8月に呉座へのテニュア付与を撤回した。
これを不服とした呉座は同年10月29日までに、日文研を運営する人間文化研究機構(機構本部)を相手取り、無期雇用の地位にあることを確認する訴えを京都地裁に起こした(以上、京都新聞の報道などによる)。

この訴訟記録を閲覧してきたフリーライターの三品純によれば、日文研の昨年8月6日付「テニュア付与に係る再審査結果について」も京都地裁に提出されたらしい。
同文書はテニュア不付与の理由を幾つか挙げ、その一つ「(2)第5項第5号に抵触する事由」として以下のように述べたらしい(これまで通り強調はすべて森による)。

・長年にわたりSNS上の鍵付きアカウント内で同じ分野の学界関係者を含む特定個人を当人から批判や反論ができないかたちで繰り返し誹謗中傷したり、女性蔑視など社会的に不適切な発言を行っていたことは、研究者倫理の欠如を疑わせる
・東京大学在籍時からSNS上でトラブルを起こし、指導教官から注意を受けていたにもかかわらず、鍵付きアカウントで同様の行為を繰り返しており、常習性再発性が認められる。

三品純「“学者ムラ”の「傘連判状」 呉座勇一糾弾オープンレターの“クローズ”な事情」(示現舎、2022年2月28日)
「(2)第5項第5号に抵触する事由」の「第5項第5号」とは、恐らく
日文研「国際日本文化研究センターのテニュア審査基準等にかかる申合せ」(平成2877日制定)
第5項「5 テニュア審査については、次の各号に掲げる基準を観点として、各号毎に別表1による
段階評価を実施し、総合的に評価するものとする」の
第5号「(5)その他特筆すべき事項 社会貢献に関わる活動、広報活動等」を指しているだろう。
https://www.nichibun.ac.jp/uploads/files/regulation/kh-26.pdf

なお、引用元のネット記事には事実誤認などの問題が多いものの、上引の箇所は元の文書から
(ほぼ)正確に引用されているだろうと判断して孫引きした。
上引の2点が「(2)第5項第5号に抵触する事由」のすべてかは不明。

前述のように、呉座はこのテニュア不付与について係争しているため、今後の展開如何では日文研の昨年8月6日付「テニュア付与に係る再審査結果について」が無効になる可能性がなくはない。
ただしその場合でも、きっと「長年にわたりSNS上の鍵付きアカウント内で同じ分野の学界関係者を含む特定個人を当人から批判や反論ができないかたちで繰り返し誹謗中傷したことは、研究者倫理の欠如を疑わせるものでない」みたいなことにはならず、「研究者倫理の欠如を疑わせるものだがテニュア付与を撤回するほどでない」みたいなことになるだけだろう。

呉座本人も昨年3月21日、北守氏への謝罪TWで

藤崎様 ツイッターでの陰口で御気分を害し、誠に申し訳ございませんでした。反論不可能な鍵垢での非難は確かに卑怯でありました。こういう事態になってから申し上げても何もかも手遅れですが、お詫びさせてください。

https://twitter.com/goza_u1/status/1373520358142136321魚拓

と認めていた。
「卑怯ではあるが研究者倫理の欠如を疑わせるものでない」みたいに主張することは困難だろう。
まして「反論不可能な鍵垢」での誹謗中傷の相手が、年少で無給研究員で(ほぼ)同学界の私であればなおさらだ。

私は、前々から「正々堂々と議論すべき研究者が他の研究者を陰で批判し、反論させないということは悪質だ」と考えていた。
昨年10月には、「「テニュア不付与」とか「処分の有無や量定」とかいう結果の公表だけではその意味が誤解曲解されてしまい、教訓が正しく共有されないだろう」と考えて日文研と第3次接触までした(以上、記事「呉座勇一と国際日本文化研究センター(その4)」参照)。
なので、日文研の「長年にわたりSNS上の鍵付きアカウント内で同じ分野の学界関係者を含む特定個人を当人から批判や反論ができないかたちで繰り返し誹謗中傷した〔…〕ことは、研究者倫理の欠如を疑わせる」という見解が明らかになり、何とも言い難い気持ちになっている。

なお参考までに、日本学術会議の9年前の声明から次の一文を引用しておく。
これはかなりよいことを言っていると思う。

(他者との関係)
10 科学者は、他者の成果を適切に批判すると同時に、自らの研究に対する批判には謙虚に耳を傾け、誠実な態度で意見を交える。他者の知的成果などの業績を正当に評価し、名誉や知的財産権を尊重する。また、科学者コミュニティ、特に自らの専門領域における科学者相互の評価に積極的に参加する

日本学術会議「科学者の行動規範――改訂版――」、2013年1月25日改訂。

鍵垢で何をTW/RTしているのか確認できなければ、「誠実な態度で意見を交える」「相互の評価に積極的に参加する」もクソもない。

研究者の鍵垢文化とOL

例のオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」(以下、"OL"と略す)にあれだけの数の研究者が賛同した理由について、こういう声がある。
なお、言及されている私と河野有理の件については、昨年11月の記事「河野有理のSNSにおける裏と表」参照。

OLに賛同した研究者たちの一部に、「他の研究者(たち)が鍵垢で自分(たち)の悪口を言う文化」への恐怖感や嫌悪感は確実にあっただろう。
ただ、それはあくまで「自分(たち)が他の研究者(たち)から鍵垢で悪口を言われたくないだけ」という限定されたものだったのでないだろうか。
自他の別を越えた「研究者(たち)が鍵垢で他の研究者(たち)の悪口を言う文化」への恐怖感や嫌悪感がどこまで共有されているかは、大いに疑わしい。

例えば、本記事の執筆時現在も、OLの賛同者名簿にはある研究者(1980年くらい生まれ)の名前が掲載されている。
その研究者は以前、自分は声を上げにくい状況を利用したハラスメントや根拠のない暴論を看過できない、という文章を公表していた。
それでいて、相手から反論されないように誹謗中傷していた呉座の鍵垢のフォロワーだった。
そして今年、自分の鍵垢(フォロワー2千数百)において、若手研究者である雁琳(@ganrim_)氏の研究能力を無理のある理由で酷評したらしい。
他の研究者から批判されてすぐにTWを削除したようだが、鍵垢で他の研究者(しかも自分より10歳くらい年少の非常勤講師)の研究能力を酷評することは、やはり悪質だと考えられる。

私は雁琳氏について思うところが非常に多くあるものの、この件については被害者だと
考えられるため「氏」付けで呼ぶ。

老若男女の研究者には自分勝手な人が少なくない。
「そういうことを呉座(たち)がやるのはダメだが自分(たち)がやるのはよい」とか、「この研究者を相手にやるのはダメだがあの研究者を相手にやるのはよい」とかいう考えの人もいるだろう。

こう書かれると、疚しいところのある研究者は
「呉座がしていたのは誹謗中傷で、自分(たち)がしているのは正当な批判だ」
とか言いたくなるかも知れない。
しかし誹謗中傷を繰り返していた呉座も、自分では正当な批判をしているつもりだった。
言論を公に開くことは重要だ。

あの「誰もが参加できる自由な言論空間を作っていきましょう」と謳ったOLには、1300筆以上の賛同が集まった。
けれども、「学術論争は対等かつ公開されたものでなければならないため、SNSの非公開アカウントで「自分がどう言われているのかを知る権利」や「それに反論する権利」を奪って非対称に他の研究者(の研究)を批判することは悪質であり、研究者としてあってはならない」みたいなことを公言している研究者は、私以外に何人もいないだろう。

なので私は、OLの差出人や賛同者に期待しておらず、研究者の鍵垢文化がなくなりそうだと楽観してもいない。

予告

次回以降はOLなどについて取り上げます。
記事2本の同時公開にするかも。

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多分、送信された内容すべてに目を通すことはないでしょうが。