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【簡易版】『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rhyme Anima #7 感想

11時追記:しわしわ氏に完全版を代筆してもらったよ!ありがとう!

初めてリアタイ寝落ちたうえにガチで12時間後に古戦場が迫ってるので短文の書き殴りです。
今回ちょっと毛色が違うのと西洋哲学的解釈に踏み込んでるので苦手な方はお避けください。

なんだこのニーチェ読ませられてるようなヒプノシスマイクは???

神は死んだと叫びまわるひとりの狂人みたいな瑠璃川一葉さんがツァラトゥストラになれずに死んだ。

だが私の外に「外界」などないのだ

一葉さんは今の時代で言えばまあ典型的ソシオパスなんですよね。独歩は決して共感はしないけれど、それでも一歩間違えれば自分だって同調してしまうかもしれないという不安から逃れられなかった。最後まで。

独歩の世界は狭いんです。あえて狭めているんです。
座右の銘をあやかったニーチェは世界を虚構と評します。
独歩は生い立ちもおそらくはごく凡庸、交友関係が狭すぎるせいで、いわばムラ社会で培われたかのような善に近い自我を保ってはいますが、人間社会の生み出した虚構たる価値観に振り回されるのがおそろしいという危惧を常に持っています。
「今日も世界に音が多すぎる」「何もかも俺のせい」「眠りたい」
論理で測れない世界に対して思考の簡略化を絶えず試みている、あれがやはり独歩の本質なのかと思わせられるんです。ミジンコダンスすらそれの延長じゃねえの??(うそです)

そしてラストで「独歩の愛した狭い世界」のありかたを肯定されて、奇しくも永劫回帰に似た境地に至るんです。
最高へは常に最深から。超人は神々の黄昏に力強く現れる。今回のタイトル、珍しくちゃんと内容踏んでいる……?

寂雷先生による神の道徳的証明

麻天狼は、というより寂雷先生は救済を願う人間を拒まないのが光でもあり闇でもある。道をとうに踏み外したソシオパスすら見捨てないんです。

善を積み重ねることこそが神という概念の存在証明になる。それを仲間に説き、王、そして神になるための器を日夜問い続ける。
「The champion」の歌詞を聴いたときそんなふうに感じました。

この解釈でぶん殴られた経験があります……。

新曲、あまりにも神曲すぎないか

ここからIQが2になります。
寂雷先生のパートのフィルム、逆再生なんですよね。輝かしい、あるいはおぞましい過去が全て現在の自分を培っているとするのが麻天狼というチームのイデオロギー、改めてひしひしと感じました。

サビはあまりにも情報量が多すぎて咀嚼しきれていません。
「夕方に泣いた」「朝5時のホーム」
狼は基本的には薄明薄暮性の動物です。(狼に限らず肉食動物はたいていそうですが)
「人知れず揺さぶるmy heart」に感じる闘志。
「弱い自分も音に乗せblow」狼は集団生活をするので少なくとも狩りの間に個体としての自己をあえて強く見せる必要はないんですね。麻天狼の結束力の真骨頂。
まるで本当に雨の降り出したように3人で同じ場所を見上げるカットからの「黄泉がえる想い」泣くやろこんなの!!!!!
CD出してくれ早く頼むなんでもしますから
全員分の変身バンク円盤に収録してくれ頼むなんでもしますから

うつに効くのはヒプノシスマイク……。
うつと向き合わせてくるヒプノシスマイク……。
クレジット見たんですがピンクじゃなくてもがコンテとタイポグラフィに参加してるの初めてじゃない?(後で調べる

ところで一番大事なことですが一二三は独歩が好きすぎる。

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