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野生を取り戻せ!等々力渓谷デジタルデトックス単独行

風の社(やしろ)から見下ろした景色の写真

最近は野性について考えている。
私は思った。
野性を取り戻すため、通信機器を家に置いて出かけよう。

野性とは何か?

理性あるいは知性というのは、過去に学習した情報を抽象化し、獲得した概念によって、未来の行動を選択しようとする働きであろう。
では野性は?

野性とは、今まさに自分を取り囲んでいる状況から今の行動を決定する働きであろうと考えた。
自らの野性を感じるためには、過去(コンテキスト)から解放されなければならない。

まずは実験してみよう。
私の外部記憶と外部演算装置の全て、つまりネットに繋ぐための通信機器を持たずに出かけてみよう。


最初の実験の行き先

とは言え、初っ端から死んだら嫌なので、危険が少なく非日常感を味わえそうな簡単な場所からスタートすることにした。

等々力渓谷という場所があると聞いたことがある。
街中にあってアクセスがよく、自然が楽しめるという。
どのような場所なのかは詳しく知らない。
位置はなんとなく、自分の住んでいるところから南西の方角にあったはずだ。


持ち物と持たない物

頑張って減らした持ち物の写真

私は平素荷物が多い。
バックパックにはいつも、カメラとレンズとMac BookとiPadとモバイルバッテリーと、そのほか色々なものが詰まっている。
たいていいつでもオンラインで、野性とは程遠い生活を送っている。

しかし今日は通信機器を持たない。
通信がいらないのだから、デバイスもいらないしモバイルバッテリーもいらない。

いらないものをバッグから取り出して、最終的には現金、カメラ、メモ帳、筆記用具、衛星用品、着替え、折り畳み傘だけになった。
(これでも多い気がするが)

いつもなら移動中のちょっとした時間にiPhoneを使って調べ物をしたり、動画を見たり、iPadで絵を描いたりしているが、今回はそれらが無いため退屈するであろうと思い、さわりだけ読んで放ったらかしていた書籍を持つことにした。

グーテンベルグの銀河系の写真

家の近くのコンビニで、ポカリスウェットとナッツのバーを2つ買った。
それなりに暑い日だったので、脱水症状を防ぐためと、空腹に襲われた時のストレス軽減のためだ。


野生を取り戻す実験の記録

私は何も知らない

私を拒絶しているかのような券売機の写真

家を出て最寄駅に着いたものの、等々力渓谷までの行き方がわからない。
何なら、前日まで代々木渓谷だと勘違いしていた。

降りる駅が等々力駅ということはわかっている。
しかし、何線の駅なのか知らない、なんとなく南西方角だということぐらいしか情報を持っていない。
途中まではJRで行って、どこかでその路線に乗り換えるのだろう。
そう踏んでJRの路線図を眺めてみるが、どこで何線に乗り換えることができるのかさっぱりわからない。

駅員さんに聞いてみることにした。
駅員さんに話しかけ「等々力駅に行きたいんですが、どこで乗り換えたらいいですか?」と聞くと「とどろきえき…?えーと(手元のタブレット端末で調べる)、あ、錦糸町です。JRではなく、別の路線に乗った方がいいですよ」と言われた。

私の記憶の中、あるいは勝手なイメージの中では、駅員さんに聞けばどこで何線に乗り換えて、注意事項はこうだとか、手触り感のある情報を与えてくれることになっていた。
しかし、実際には私が普段やっているように、通信端末で検索して道順を調べるのだ。

少し考えれば当たり前のことで、全ての駅員さんが鉄道に関する深い知識と洞察を持っている、というのは、通信網が張り巡らされ、全ての駅がネットワークと接続し、駅員さんの仕事が高度に専門家・細分化される前の話だ。
そんなことも改めて気づかなければわからない生活をしているのだと思った。


しかし、錦糸町とは直感に反する。錦糸町は南西の方角ではない。
駅員さんが言うのだから出鱈目ということも無いであろうが、あまり納得できなかったが深く質問することもできず、とりあえず錦糸町に行けば何かがわかるのかもしれない、と思い、言う通りに錦糸町に向かってみることにした。

別の路線の改札まで行き、錦糸町駅までの運賃を知ろうとする。
相互乗り入れ区間なので、路線図には運賃が載っていない。
相互乗り入れ区間の運賃表示を探すと、340円とある。

切符を買おうと券売機に並んだが、タッチパネルには340円の表示がない。
320円と370円はあるが、340円が無い。
新幹線以外の切符を券売機で買うなんて何年振りかわからないが、当然全ての運賃の切符が買えるものだと思い込んでいたのが、勘違いだということに驚く。

常に外部記憶と検索装置に接続された生活の中で、大抵のことは調べればすぐにわかる、つまりほとんど知っていると同じ状態なのだ、などと増長していた。
私は何も知らないのではないか。

そんな大それたことが一瞬頭をよぎったが、気を取り直して、とりあえず320円の切符を買って、降りた駅で乗り越し精算をすることにした。
切符を買って電車に乗り込む。


電車は何も考えなくても行き先に運んでくれるものではなかった

秋葉原駅構内で綺麗に並んで進む人々の写真

さて、ひとまず電車に乗れたので、出発前の想像では、ここで「グーテンベルグの銀河系」を取り出し、目的地に着くまでiPhoneの通知などに邪魔されずに読書が楽しめると思っていたのだが、全然そんなことはなかった。

果たして錦糸町に着けば、行き先までの道順がわかるのだろうか。
野性を取り戻すなどと息巻いて家を出たものの、東京都内の行き先程度にたどり着けずに帰宅する醜態を晒すことになるのではないか。
などと不安を感じながら、何か行き先までのヒントが無いかと電車内の表示などをまじまじ見ていたら、あっと言う間に錦糸町についてしまった。

通信機器を持っていないと、自分の記憶と五感を頼りに進むしかないので、平素より気がたつと言うか、感覚器をしっかり働かせようとして移動するだけで負荷がかかる。
移動中、ゆっくり本を読もうなどと言う気持ちは最後まで起きなかった。
次回から本は持たずに出かけよう。


錦糸町に着いたが、やはりどうやったら等々力駅に着くのか検討がつかない。
私の記憶では等々力駅は自宅から南西の方角だ。しかし錦糸町駅は全然違う方角だ。
やはり直感に従うべきではないか、という考えが浮かんでくる。

私はJRに乗り換えて、ひとまず南西の方角を目指すことにした。
陸地を移動するのだから、途中で遭難するということは無いはずだ。
道順がわからなくても方角を頼りに近づいていければ、近づくほどに手がかりが増えるだろう。


私の薄い記憶を辿ると、品川あたりから西へ向かう路線があった気がしてくる。
錦糸町から総武線に乗り込んで、まずは秋葉原に向かった。

電車のドアの上のモニターに、路線図が表示されており、それぞれの駅でどの線に乗り換えられるかが表示されていることに気づいた。
もちろん以前から知っていることではあるが、あらかじめ道順を調べて電車に乗る普段の生活の中では、それが自分の行き先の手がかりになるものだと認識していなかった。


秋葉原駅で京浜東北線に乗り換えた。
ひとまず品川方面に向かうのだ。
しかしどこの駅で何の線に乗り換えたらいいのか、この時点ではわかっていない。

何年か前、私は仕事で、楽天本社に行ったことがある。
その時に、品川あたりのどこかの駅から、西へ向かう電車に乗り換えたような気がするのだ。
その記憶を頼りに、品川方面に向かっていた。
近づいたら思い出すかもしれないし、駅に着いた時に何か新しい手がかりを見つけるかもしれない。

品川駅に着いた。
乗り換えられる路線が駅のアナウンスや、ホームの表示で確認できるが、西に向かう路線が無い気がする。
以前に楽天に行ったときの記憶の中の風景にも一致する感覚がない。
品川駅ではないと判断して、電車を降りなかった。


大井町駅のプラットフォームの案内表示の写真

大井町駅に着いた。
なんとなくこの駅のような気がする。
間違っていたらまた電車に乗ればいいので、直感に従って降車してみることにした。

大井町駅からはりんかい線と東急大井町線に乗り換えられるようだ。
りんかい線というのは、なんとなく海の方に向かう感じがするから、多分違う。
直感に従うのだ。


東急大井町駅の券売機の上に掲げられた路線図の写真

東急大井町線の改札にたどり着く。見覚えのある景色だ。
路線図を見ると「等々力」の表示がある!

路線図をよく見ると、東急線は渋谷駅からつながっている。
つまり、錦糸町駅から半蔵門線に載っていればきっと等々力駅にたどり着けたのだ。
最初に駅員さんが教えてくれた道順は正しかった。
もう少し詳しく、わからないことは尋ねておけばよかったと反省した。


街中の箱庭的渓谷

等々力駅のプラットフォームの写真

気を取り直して東急線に乗り込む。
路線図上に行き先が表示されていれば、迷うことも無い。
地図があればおおよそどのような道順で進めばわかるだろう。
地図というのは偉大なものだ。

快速に乗って自由が丘まで行き、各駅停車に乗り換えて等々力駅に着いた。
駅は想像していたよりも街中にあり、駅から徒歩圏内という等々力渓谷は本当に街中にあるのだろう。


駅の改札を出るとすぐ、等々力渓谷を指す表示がある。
駅からものの3分。
成城石井とおしゃれなフルーツサンドのお店の間を通っていくとすぐ等々力渓谷だ。
成城石井とおしゃれなフルーツサンドのお店が、等々力渓谷のお手軽感を加速する。

近所に住んでいるであろう親子連れ、デートに来たであろうカップル、単に通り道にしているであろう人もいて、近所の公園という様子。
野生を取り戻す!などと息巻いて出かけたものの、これは遠足レベルである。


等々力渓谷の木漏れ日を浴びている若木の写真

渓谷は木々に覆われていて、全体が木陰になっている。
湿気が満ちていて、地面の土はドロっとしている。
水はあまり綺麗ではないし、人の往来の忙しなさに、自然の匂いが巻き取られて薄れてしまっている印象を抱いた。


頭上に見つけた、水面に反射した光が橋桁を下から照らす様子の写真
息絶えた小さな獣に蝿が集っている様子の写真

しかし、街中で暮らしていたら、水面に反射した光が景色を照らすところを見る機会はあまりないだろう。
小さな獣が息絶えて、蝿が集っている。
小さな茶屋があり、人々が寛いでいる。
目を配れば、この小さな箱庭のような渓谷の中に自然の営みがある。

どんな旅にも発見がある。


地面で木漏れ日を受ける落ち葉の写真


風の社(やしろ)を見つける

風が吹いている様子が感じられる、等々力不動の境内の写真

細い階段の上に等々力不動があるという。
登っていくと、渓谷を抜けて少し見渡しのよい境内に到達する。
木陰になっていて、よく風が通り気持ちが良い。

イスラムのムスクは、よく風が通るように作られていると聞いたことがある。
この場所は、風が見えるようにしてある。
昔の人も、ここが風がよく通り、木陰の気持ち良い様子を感じて、社(やしろ)を建てようと考えたのだろう。


緑に囲まれた等々力不動の境内の写真

野性の生活を想像すると、昼は全てが見渡せる生の世界であり、夜は全てが見渡せなくなる死の世界だろう。
毎日、死の恐怖が訪れるのが野性の世界だ。

社(やしろ)は、人の営みの永続性が可視化され保存されている。
社(やしろ)を訪れると、綿々と続く人の営みを感じ、祈りを通じて未来を感じることができる。
「今この瞬間」に生と死が訪れる野性の世界から、自分が人の営みの一部であることを感じることができる幸福がある。


現代の人々にとってはどうだろうか。
現代人にとっては生存の不安、夜への恐れはほとんど無いだろう。
複雑性を増した情報の洪水の中で、他者との摩擦の中で、なんとか暮らす人々によって、自分が長い長い人の営みの一部だと感じられること。
その安心感を、人々は求めているのだろうか。

野性を取り戻す実験として始めたはずが、綿々と続く人々の営みの中に戻ってくるというのは皮肉なこととも言えるし、始めからそうゆうものだったような気もしてくる。

緑の中に佇む地蔵堂の写真


最初の実験の振り返り

緑に覆われた建物の庭に置き去りになった古い自動車の写真

渓谷の周りを少し歩いて、また渓谷を逆に進んで駅に戻った。
家を出てから帰るまで、およそ6時間程度。長いようでもあるし短いようでもあったが、直感に従って行き先を決める瞬間がいくつかあった。

旅というには稚拙で、遠足程度であったが、最初はこんなものだろう。
次はもう少し骨のある場所を目指して出かけてみよう。
定期的に行いたいし、友達連中と集まってやるのも楽しいであろう。

現代に生きる私たちは、社(やしろ)の限界費用を極限まで下げて、野性を遠ざけて暮らしている。
今この瞬間の生命を感じるために、野性を追い求めていこう。


下記の条件に当てはまるような、よき行き先があったら是非教えてください。

  • 東京から日帰りで行ける

  • 日常と離れたものに触れられる(自然である必要はない)


Photo

その他の写真です。

等々力渓谷の中にある小ぶりな石仏の写真
竹細工で装飾されたカラーコーンの写真
道路の脇の金属製のグレーチングの上に転がるいくつかの梅の実の写真
湿った地面に掘られた蟻の巣の出入り口の周りで、せっせと働く蟻たちの写真
等々力不動へと続く階段の脇に祀られた石彫の剣の像の写真
緑に囲まれた稚児大師堂の写真
地面に力強く広がった木の根の写真
石畳を避けて、地面に伸びていく何本もの木の根の写真
等々力渓谷から街中へと続く細長い階段を見上げた写真
真新しいバリケードに囲まれた公園の入り口の写真
透明なバリケードの向こうに、成長した雑草がぎっしり詰まっている様子の写真
バリケードと背の高い木に囲まれながら、日光を浴びている背の低い木の写真
透明なバリケードの向こうに、成長した雑草がぎっしり詰まっている様子の写真
鬱蒼としげる雑草の中に取り残されたカラーコーンの写真

Taken by Leica SL2-S and Leica Elmarit M28mm f2.8

カバー画像は、Midjourneyで生成した画像を元に作りました。

an establishing shot taken Leica M and Summilux 21mm, A man walks through a dark canyon in the deep humid green forest

Reference

参考資料等です。

等々力渓谷

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2022年9月1日

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