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それはただ寒い日の朝

 冬の気配が近い朝、窓ガラスから滲み出る冷気に私は凍えていた。それは隙間があればするすると入り込む蛇のようなものだ。カーテンを開けると薄暗い灰色の部屋は一気に黄色に照らされる。空は明るくなっているが夜の空気はまだ去っていない。電線の上の雀たちはまだ膨らんでいない。この程度の寒さは平気なのだろうか。布団から這い出たばかりの私は急速に熱を失っていた。

 昨日の夜から使いかけのマグカップをざっと水に通し、冷蔵庫から出した牛乳を注ぐ。前日のコーヒーの跡が一瞬浮かんでかき消される。それを電子レンジにかけオリゴ糖を混ぜて飲みこむ。ホットミルクの熱さで剥けた口の皮を舌でコロコロ触る。どこからかラジオ体操の音楽が聞こえてくる。誰かの一日はもう始まっているのだ。既に牛乳の暖かさと甘さは舌から消え去っていた。

 電子レンジにかけるだけでできあがる朝食。時間がかからず食べたあとはゴミ箱に突っ込むだけでよい。ゴミ箱は空のトレーと割りばしで満たされている。ふらふらと洗面台に向かい鏡で顔を見る。髭は一晩のうちに頑張って成長してくれているが、ただ無慈悲に刈り取る。歯ブラシに歯みがき粉をつけて歯を磨くと、歯みがき粉の真っ白さによって自分の歯の黄ばんだ白さが浮かび上がり綺麗になった気がしない。ジェルを手のひらに伸ばし髪につけて髪型を整える。毎日同じことの繰り返しだ。

 時間はいつの間にかなくなっている。急いで着替え支度をする。荷物を確認し電気を消してドアを開ける。日の光と冷気が混じり合う空気と人や車が繰り出す音を全身に受けるなかカードキーで鍵をかけ私は歩き出した。

 一日はもう始まっている。