アポカリプスのニケ

「神よ。なぜ貴方はこのような滅びをお与えに」

 スカイツリーの展望デッキにて、信心深い部隊長サマは涙する。実際、俺たちが迎えた終末はあまりに滑稽だった。粗悪なパルプめいた光景に思わず舌打ちする。
 厭になる。まさか、体中からビームを放つ、大量の首なし腕なしの天使――サモトラケのニケに滅ぼされることになろうとは。いや、ニケだから天使ではなく女神か。どうでもいいことだ。
 俺たちに支給された最新型のニケ破壊銃は玩具も同然だ。破壊力はあれど、圧倒的物量の前では無力なのだ。ゆえにこいつの仕事は多くの人間の尊厳を守ることになった。

「そろそろ、いいんじゃないか」
 銃を掲げて見せると、部隊長は涙目でこちらを睨みつける。
「ありえません。それだけは」
「だが、このままじゃ女神サマの仲間入りだ」
「救援を待つのです」
「来るかよ。何度も要請を送ってるのに、返事がないんだろ?」
「だとしても、私は最期まで諦めません」
「なら、今がその最期だ」
 俺は銃口を向ける。受け容れるように、女は目を閉じた。
「正気か?」
「私を殺すことで、貴方の自決が少しでも先延ばしされるならば」
 引き金に指をかける。
 その時、展望デッキの蓋が開いた。天井から上が綺麗に消失したのだ。こんなことができるのはサモトラケのニケだけ。だが天空を飛来するそのシルエットには、腕があり、頭があった。
 それは、翼持つ少女だった。

「いいえ。姉さん。あなたはここで死ぬべきではない」

 瞬間。光線が放たれる。それはちょうど、俺の方に。

「さあ、成りかけの血を飲んで下さい」

 直後。感覚は鋭敏になり、情報の洪水に呑まれそうになる。どうやら痛覚も鋭敏になったらしく、足の爪先にボールが落ちた程度のことでも激痛が走った。

「――いってぇぇぇぇぇ!!」

 一体なんだ、とボールを見る。俺の頭だった。

「え、なんでしゃべれるの?」

 少女はゲテモノを見る目でこちらを見ていた。

【つづく】

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