向日葵畑に潜む

 司は走る。息も切れ切れに、向日葵畑を駆け抜ける。止まるな、と自分を叱咤して。
 ――と。月下。背の高い向日葵の間に人が立っていた。
 司は足を止める。視線の先にいるのは、巫女服の少女。

「ごめん。修学旅行には行けなくなっちゃった」

 少女は笑う。漂ってくる抹香の香りが手遅れだと告げていた。
 この村には独自の神があり、その神に仕える巫女は、村の外に出ることを禁じられている。破れば、巫女は神罰を受ける。
 少女、焔火真琴の母はその神罰によって死んだ。

「なんで、謝るんだよ」
 自作のしおりまで用意して。誰よりも楽しみにしてたのは、お前じゃないか――司は言いかけて、口を閉ざす。その言葉が、真琴を困らすことにしかならないと気付いたから。
「……司、私がいないからって、自分も行かない、なんて言うのはやめてよ」
「そういうの、嫌いだもんなお前」
「だから、私の分まで楽しんできてよ」
 向日葵畑は海の底のようで、相手の顔が見えない。けれど強がりの裏に悔恨があることは明瞭だった。

 後日、修学旅行に行ったことを司は後悔した。村に帰ってきた日。真琴はいつも通りの笑みで、まるで他人事のように聞いてきたのだ。

「修学旅行、どうだった? 自作のしおりを用意した甲斐はあった?」

 ◆

「あのクソジジイ……俺がいない間に真琴の頭の中をいじってやがった」
「それで先輩は村を出た、と。……で、なんだって大学生になった今、村に戻るんですか?」

 列車の中。色鮮やかな夏の空を眺めながら宮内は尋ねる。司はため息で抗議した。

「最初に話しただろ。ジジイに呼び出されたんだよ」
「幼馴染ネトラレたのに素直に戻るんですか?」
「ネト……まあ、当然。奴の思惑通りにさせてなんかやらん」

 司は手を伸ばし、握る。誰かの手を掴むように。

「俺は、あの村から真琴を解放する。どんな手を使ってでもな」
「じゃあ、私がその村を乗っ取るって言ったら、先輩は手伝ってくれますか?」

【つづく】

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