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まだ恋をしていたかった

最近すごく感じていること。
正直もう気持ちは完全に落ち着いてしまっていて
これで良かったのだと心から思えているのに
あの人のことを好きだった時間があまりに楽しく
キラキラしていたものだから
その感覚を失うのが悲しいということ。


もう、私はあの人のことを好きではない。
格好良いとは思うし
写真を見れば会いたいなぁと思ったりもする。
あの人に関連する何かを見かけたとき
話したいなと思ったりもする。

でももう2か月程前の
一緒にいたい、特別になりたい
といった類の”好き”という感情は
綺麗に消えてなくなってしまった。

繋がるわけがないと思っていた人と繋がり
想定外に距離が縮まり恋をして
2人で今後どうすべきかしっかり考えた。

そんな風にして過ごす中で
距離が縮まる前は盲目的に好きだった
彼の本当の人間性が沢山見えた。


驚くほど人の話を覚えていないこと。
(私に限らず
彼に関わる他の人も言っていた。)
その場の勢いで思っていもいないことを言い
後日確認すると言ったことを忘れていること。

オシャレに対する拘りが強すぎること。
(ストーリーに載せていた
部屋に飾られたしまいきれない
大量の服を見ながら
どちらかというとミニマリスト寄りの私は
一緒に暮らせないだろうなと思った。)
間違いなくオシャレなのだろうけど
正直私的には理解の範疇におさまらない
コーディネートなところ。

そもそも根本が女たらしなところがあり
あの女性のことも気に入っているのだろうなぁ
というのが見ていて分かりやすいところ。


彼のことを諦めるために
意図的に嫌なところを探そうとしたり
自分に合わないところを探してしまっている
部分もあるのかもしれないけれど

それでもこの短期間で彼を知れば知るほど
もし仮に付き合っていたとしても
私はきっと思い悩むことが多かっただろうし
合わないと感じることが多かっただろうと
そう思うことが増えていった。


私は外見から相手を好きになった場合
その人の内面を脳内で勝手に理想通りに作り上げ
想像上のその人に恋してしまうところがある。
非常に厄介な恋愛の仕方だという自覚はある。

大学生の時にした
自分史上最大の大恋愛の時もそうだった。
外見から好きになったのはその時以来なので
尚更気持ちが弾んでしまったのだと思う。


どうしようもなくタイプで
彼に好意を抱いている人が沢山いる中で
相手も私をタイプだと言ってくれて
自分に好意を持ってくれているという高揚感。
明らかに他の人とは扱いが違う優越感。

振り返ってみるとその大恋愛の時と
全く同じ流れだったのだと気づく。
ハマるべくしてハマったのだなと。
どんどん沼に落ちていったのも納得できる。


ただ今回の恋愛に関しては
好きになってから結末を迎えるまでが
非常に早かったので
尚更気持ちの切り替えがしやすかった。

会いたいとは思えども
話したいとは思えども
このまま会わなくても生きてはいける。

ちょうど環境が変わって
3月までは毎日のように顔を合わせていたけれど
今はせいぜい月1-2回だ。
それも私がその環境に足を運ばなければ
もう二度と会わないという選択もできる。


ただそれでもなんだかんだで
そろそろ行こうかなぁと思ってしまうのは
彼自身にではなく
あの時私が感じていた優越感や高揚感
恋をしていた時の楽しさやときめき
日常が輝くあの感覚が恋しいからなのだと思う。

だから、本当は正直
まだ彼のことを好きな私でいたかった。
あの感覚を継続していたかった。
こんなに早く、冷めてしまいたくなかった。


繋がりなんかもたずに
一定の距離を保ったまま
”推し”という感覚で接していたのなら
まだあの楽しさを継続できていたのになぁ
なんて考えてしまう気持ちと

繋がりを持ったから
相手の素の部分を見ることができて
これ以上幻想を抱かずにすんだし
相手の気持ちを知って
ある種更に特別になることができたという気持ち

2つの気持ちが混合しているけれど
今はとにかく
好きな気持ちが消えてしまったことが悲しい。


恋愛の楽しさやときめき、刺激がなくても
自分自身を鼓舞し続けられるように
そもそも私自身が変わっていかないと
いけないのだろうな。

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