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【七転び八起きの四起き目②】

【七転び八起き】マガジン


 大した技術もないくせに、場慣れさえすれば日本でもラスベガスでも優勝できるという自信があった。圧倒的に楽観的なこの脳の欠陥こそが才能というものなのかもしれない。

 地元のフリーペーパーやSNSでパフォーマンスのコンテストやイベントの文字を見つけたらなんでも良いから出場したり出演交渉したりしてみて、あわよくば賞金を狙う。あの頃の職業はなにかと聞かれたらそりゃバウンティハンター、賞金稼ぎだ。
 なにより多くの人の前でパフォーマンスをする経験が必要だったから、小さなイベントでもなんでもチャンスがあればステージに立とうと機会を伺っていた、貪欲に。
 groveをもう少しだけ続けると決めたは良いが、飲食店の負債をコンテストの賞金で補おうという発想はアホすぎるとは思うけど、嫌いじゃない、むしろ好き。

 そんな中、なにかのコンテストに出場したときにフリースタイルフットボールとフリースタイルバスケをやっているパフォーマーたちに出会って、そこであるアイデアを思いついた。それがその後、新しい人生のキッカケになるんだけど。

 ある日、どこでとかなにでだったかは忘れたけど、賞金100万円という文字を見つけて心が躍った。カフェに貼ってあったポスターだったかな。
 それは毎年地元で開催されているイケメンコンテストで、その年からはエゾメンという名前に変わり、顔面だけじゃなくアピールタイムに自分の特技をアピールして競い合うみたいな、なんかそんな感じだった。
 観客も300人以上集まるという噂だったのでステージ慣れするのにも最適で、さらに高額賞金も狙えるとか神様ありがとうって感じ。
 エントリーしたときのことを今だに覚えていて、申込みのときは一般部門の年齢だったけど、開催日にはアダルト部門の年齢になっているから、最初は一般部門での出場だったのが主催者側の判断でアダルト部門に変更されたんだ。
 この主催者の判断が結果的に良い方向に向かうんだけど。

 当日、会場に行くと観客のほとんどが出場者の誰かを応援する人たちだった。部門は個人とは別に団体みたいなのもあって、観客がそれぞれ1票投票できるシステムだったから、自治体で出場しているチームみたいなのは何十人かで会場に来てたし、組織票を集めたもん勝ちみたいな雰囲気。
 あ、こりゃ仕組まれた出来レースみたいなもんで、勝ちたきゃ客を集めろ見たいな感じ、無理かもなって控え室で思ったよ。役所の職員が出場してれば、当然役所の人たちが応援に来てるからね。
 たった1人でポツンと2枚のピザを持ってやってきた奴に勝算があるとは思えなかった。

 偶然その場でいつだかのコンテストに出場していたフリースタイルフットボーラーと再会したんだけど、彼は一般部門でエントリーしていて、ほとんど組織票で決まるのを知っていたから、会場で色んな人に挨拶して回ったり、勝つための準備に余念がなかった。
 部門が違っていて良かったよ、ブラーとオアシスのあのCD販売戦争を思い出す。もちろん自分は何の準備もなくただ真っ向から無策でロックするだけの間抜けだけど愛すべきあのオアシスだ。

 控室でやっと気がついたのは、賞金総額100万円であって、賞金100万円ではないという事実。あ、そういうことかとため息をひとつ。確かグランプリの賞金は20万円だったかな。
 まぁでも会場には人が溢れていたから、そんな何百人といる観客の前で2分間パフォーマンス出来るだけでも良い経験になるなと、モチベーションとテンションは下げずに挑んだ。

 だいたいみんな自己紹介をして、マイクで喋って自分をアピールしたり、歌ってみたり楽器を演奏してみたりだったんだけど、その時はなんでだろうね、たぶん2分の時間制限なのに2分ちょうどの曲を用意しちゃったからだ、ステージでは一言も喋っていない。
 ステージに上がると同時に曲がかかって、そのまま挨拶も自己紹介もせずにいきなりパフォーマンス開始。一瞬何事かと会場は静まり返ったけど、音ハメのところで大歓声に変わったのを覚えている。空気が変わるっていうね、そんな感じだった。
 2分後、パフォーマンスを終えると万雷の拍手。当然シメの言葉もなし。ありがとうと感謝の気持ちで頭を下げるだけ、アドレナリンに浸って気分は最高。
 同時にこれは優勝しただろなと確信していた。控室では謙虚に振る舞っていたけど。あいつが優勝じゃなきゃおかしいだろってぐらいの空気を作ることができた気がしたから。

 控室で票の集計してるの眺めていたら、1人だけほぼ満票じゃないかってぐらいの票が入ってるのが見えた。アレはたぶん自分のだなと思いながら、パフォーマンスに酷く興奮していたから他人事みたいな素振り。
 おそらく誰かの応援で来ていた人たちも巻き込んむことに成功したんだなと客観的に分析して満足していた。

 圧倒的なパフォーマンスで心を動かしちゃえば、出来レースもやらせなんてものも関係なく、個人は各々が感動した方向に動く。その証拠として20万円が懐に飛び込んできたんだからね。
 今でもそういうの信じるよ。

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