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【南米勢が息を吹き返している】

アルゼンチンが2022年W杯を優勝してからもうすぐ1年が経つ。アルゼンチン代表はずっと不思議だった。いつの時代も全員が小さい。殆どの選手達が中肉中背か小柄で、長身は今でもバティストゥータぐらいしか思いつかない。にも関わらず、何故か守備の強度は恐ろしく高く、高さがある方が圧倒的に有利なセットプレーにも競り負けず、闘志溢れるプレーで簡単には失点しない。ヨーロッパの大柄な選手達の間を繊細なタッチでスルスルと抜けて、細かいショートパスで的確にスペースを突き、昨年見事に優勝した。文句のない勝ち方だった。VARなんてまだ影も形もなかった1986年W杯を優勝した際の、マラドーナの神の手の様な反則行為など微塵も無かった。

南米勢がW杯を優勝したのは2002年のブラジル以来実に20年ぶりだ。2006年はイタリア、2010年はスペイン、2014年はドイツ、2018年がフランスとすべてがヨーロッパ、それも西ヨーロッパに一極集中しているという異常なトレンドが長い間ずっと続いていた。近年は南米の才能ある若手選手はみんなヨーロッパのビッグクラブに買われ、ヨーロッパでフィジカルとポジショナルプレー重視のサッカーに染まってしまい、いざ南米の代表に招集されてもヨーロッパ仕込みのサッカーが馴染んでしまっている為、結局代表でもヨーロッパの国々と同じ土俵で戦う事になり、結果的に南米のサッカーは持ち味を活かせず低迷していき長い間勝てていなかった。



フルミネンセの監督フェルナンド・ディニス・シウバがブラジル代表の監督に今年就任した。フェルナンド・ディニス監督率いる最近のフルミネンセの試合を見ていて、何かに似ていると思った。ペップ・グアルディオラが率いた、かつて無敵だったバルサのティキ・タカだ。だが、今のフルミネンセとかつてのバルサのティキ・タカは一見同じに見えて実は似て非なるものだ。

近年のヨーロッパの戦術は、ペップ時代のティキ・タカも含めもっぱらポジショナルプレーが主流だ。ポジショナルプレーはスペースを根底にした戦術で、選手達がピッチ上にバランスよく広がって各選手が自分のゾーンを任される。そのゾーンから出る場合は、代わりにその空いたスペースにほかの味方選手が入り込む。流動的ではあるが、チームの基本的な陣形は崩さない。どの選手でも構わないが、決められたスペースに誰かしら味方選手が必ずいる状態を保つ、あくまでもスペースの概念から成り立つ戦い方だ。

一方で今のフルミネンセのリレーショニズム(別名ディニシズモ)と呼ばれている戦術はスペースはまったく考慮されていない。選手達には出来るだけ近い距離でプレーさせ、スペースよりも選手達の関係性を重視しながらボールを保持し、数的優位な状況を作って相手を崩す戦い方だ。その為、全員が一方のサイドに偏り、逆サイドがガラ空きという場面も少なくない。逆サイドが空いていてもそこへは敢えて展開せず、味方選手が密集している狭いところへパスを通す。近代サッカーの常識を根底から覆す、言わば反ポジショナルプレーとも言うべきトレンドだ。



2002年の優勝以来、ブラジル代表がずっと低迷している。日韓大会以来、ブラジル代表の基本的な戦い方は変わっていない。攻撃は前線の2、3人のファンタジスタにすべて任せ、あとの選手達は走って守備をしてパスを前線まで繋ぐと言った基本的な仕事をこなす労働者だ。日韓大会ではロナウド、リバウド、ロナウジーニョの化け物達が最盛期だった事もありそれでも上手く機能したが、2014年のブラジル大会では12年越しの仕返しの如く、ドイツにコテンパンに母国で叩き潰された。ブラジルの国民性もあるのか、良くも悪くもすぐに調子に乗ってしまい、己を過信し、相手を侮り、準備が整っている時は鬼の様に強く、何か問題や予想外の事に直面すると一気に飲まれてしまう。メンタル面での課題が他の強豪国と比べて目立つ。

リレーショニズムがこれからどこまで現代のサッカーに通用するかはまだ不明だが、南米選手の本来の持ち味である意外性と足元の技術の高さを存分に活かせる戦術である事は間違いない。テクニックと咄嗟のアイディアで敵陣を切り崩すサッカーはやはり観ていて面白い。こう言ったクリエイティブな面白さをサッカーに見るのは随分久しぶりの様に感じる。

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