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『宣誓』~『文体の舵をとれ』練習問題④ 重ねて重ねて重ねまくる 問二~

「宣誓、我々選手一同はスポーツマンシップにのっとり、正々堂々戦うことを誓います。三年四組、大平隆」俺は背筋を伸ばし、右手を前方上方に掲げて、発声した。吐き出した息の分、マスクの内側が曇るのを感じる。朝礼台に座っていた進藤が足をぶらぶらさせながら大げさに笑う。後ろを振り返ると、石川も声を出して笑っていた。「一回、これやってみたかったんだよ」と俺も笑い返した。篠原南中学校の体育祭は流行り病の蔓延により春先から秋に延期になり、そして本日、九月二十四日、正式に中止が発表された。進藤の後ろの校舎のさらに後ろに夏の延長のような大きな雲が青い空を流れている。いい天気だと俺は思った。

 

 校長はもう言うことがないので黙ったらしい。校長の声で話すスピーカーが沈黙したので、教室の中にどこを見ればいいかわからない間が生まれた。担任の小原が校長の言ったことをもう一度繰り返した。体育祭は残念だが中止になった。悲しいだろうがこれにめげずに三年生は受験勉強に集中してほしい。私は体育祭が中止になって悲しいのかはわからなかったが、HRが終わった後、「体育祭出たくなかったからやった」と喜んでいるクラスメイトを見てなんか悲しくなった。中止にならなくても出ないことはできたよと思ったのだ。

  二年生に感染者が出たらしい。午後の授業も中止になったので、石川と大平と連れ立って歩く。教室から出て廊下から階段までに、今度steamで出るらしいホラーカードゲームの話をして、階段から下駄箱までの道のりを「生まれ変わるなら高橋一生とその弟の安部勇磨のどちらがいいか」の話題でつぶし、下駄箱から校庭に出る最中に進路の話になった。大平は単位制の高校に進んで、バイトして留学の費用を貯めたいと話した。「そのころには海外いけるだろたぶん」とニコニコしていた。石川はおずおずと「高専受けようと思ってる」と話した。私は「そっか。すごいな二人とも」としか返せなかった。

 学力が違うから二人とは同じ高校には行けないよなとは思っていた。正直に言えば、私は学区トップの高校を受けるけど、二人は成績からして別の高校を受けるんだろうなと思っていた。しかし二人は「志望している高校」があるのだってさ。

 二人は希望を話した気恥ずかしさか、カバンを振り回して遊び始めたので、私はそんな気分になれなくて、朝礼台に上って腰かけた。金属の冷たさと硬さでけつが痛い。塾の時間まで相当あるけど、どうしようかなと考えていた時だった。

 「宣誓、我々選手一同はスポーツマンシップにのっとり、正々堂々戦うことを誓います。三年四組、大平隆」

 大平が真剣な顔をして背筋を正し、こちらの方に右手を掲げて言い放った。その後ろで、石川も真面目な顔して休めの体勢で話を聞いている。その傍らには遊び飽きられて、放り投げられたらしいカバンが二つ校庭に転がっている。大平の神妙な口調も、石川の機転の利いたポーズが面白くて笑ってしまった。てめえらブロック長でも何でもないから体育祭がもし開催されても後ろの方でうなだれて、宣誓を聴くだけのくせして、よくそんな真面目面できんなあって思ったら、クスってきちまったんだ。ああ、こいつら笑いのツボわかってんなあ、私の友達だわって改めて思ったんだよ。

 

 『友達との思い出』 石川翔

 僕が中学校の思い出としてよく覚えているのは友達との帰り道でのことです。三年生の九月で、ちょうど体育祭が中止になると発表された日のことでした。いつものように僕は大平くんと進藤くんと一緒に帰っていました。校庭で三人でふざけて遊んでいたとき、大平くんが「宣誓、我々選手一同はスポーツマンシップにのっとり、正々堂々戦うことを誓います。三年四組、大平隆」と言ったので、僕もとっさに休めのポーズをしてそのノリにのることにしました。そしたら、いつも無表情の進藤くんが僕らを見て、マスク越しに見てもわかるくらい大きく笑ってくれたのでうれしかったのを覚えています。

 それから進藤くんは突然に「三人でリレーしよう」と言いました。大平くんも「いいね、どこでする」と言い始めたので、僕は嫌なことになったなと思いました。新藤くんは「学校の周りを一人一周しよう。どうせマラソン大会も中止になるからついでだ」とか言い始めていて、二人して楽しみ始めていました。僕はえええと言って反抗を示していたのですが、二人はにっこにっこで話を聞いてくれません。学校の裏口まで歩いて、そこにカバンを置いて、ストレッチを始めやがりました。承知した覚えはないのに「石川も体伸ばさないと危ないぞ」とか言いやがるのです。「本当にするの」と僕が聞くと、「じゃあ俺らが先に走るから、見てろよ。石川がアンカーな」と笑っていました。

 新藤くんの「よーいどん」で大平くんはマスクを着けたまま、バトン代わりに丸めた教科書をもって駆け出しました。「やあめた」と言いながら、戻ってきてくれるのを期待して見ていたのですが、大平くんは他の下校中の生徒の横をきれいなフォームで走り抜けていきました。新藤くんはというと「がんばれー」と楽しそうに応援していました。本当に走らないといけないのかな、嫌だなと考えているうちに大平くんが一周して戻ってきて、新藤くんに教科書をバトンパスしました。こいつ、マジで脚速いなと思いました。さすがにマスクをつけての全力疾走はきつかったのか、大平くんはぜえはあと息していて、「走りたくないんだけど」とは言えない感じになりました。

 新藤くんは一生懸命に走っていました。大平くんみたいにめちゃくちゃ速くはないけど、体の力が抜けた自然体の走り方って感じでした。いつもやりたくないことはやりたくないとはっきり言う新藤くんが頑張っているのを見て、僕は、これは走らないといけないやつだと思いました。

 新藤くんから教科書のバトンをもらって、僕は走り始めました。僕は二人の様に運動部に入っていたわけではありません。走り始めてすぐにマスクごしの空気が薄くておぼれているみたいな気分になるし、がったがたのアスファルトを踏もうとすると足がぐにゃっともつれる感じになって、すごい格好悪い走り方だと自分でもわかりました。体育じゃないのに体育祭じゃないのにマラソン大会じゃないのに何で走らないといけないんだろうと思っていました。制服の内に汗はかくし、クラスメイトに見つかって、「がんばれー」と気の抜けた感じで言われるのも嫌だったし、こいつ何してんだろって目で知らない子らに見られるのも嫌でした。遠いな、遠いなと思いながら、足を動かし、早く終われ、早く終われと思って、腕を振りました。ただただきつくて楽しくなくて、これが二人は楽しかったのかなあとも思いました。それでも体はなんとか動いて、僕って体育やマラソン大会じゃなくても走れるんだなと気づいて、当たり前のことなのに新鮮な気がしました。大平くんの五倍はぜえはあ言いながらやっと裏口に着いたとき二人ともどこにもいなくて最悪の気分になりました。はめられた。いじめだと思いました。それでも怒る気もないくらい疲れていて、カバンの近くで座り込んでしまいました。しばらくすると二人が「あれ、もうゴールしてる。早いな」とか言いながら戻ってきました。「ふざけんなよ」と僕がいうと、新藤くんがペットボトルを渡してきました。どうやら二人で自販機に買いに行っていたらしく、二人とも手に自分の分を持っていました。僕も自分がのどが渇いているのに気づいて、ざっと蓋を開けて飲みました。大平くんが「お金はあとでな」と言っていました。そのとき飲んだポカリが美味しかったです。僕が「おいしい」とつぶやいたのを見て、二人も「おいしい。おいしい」と口真似をしながら飲んでいました。僕はそのときのことを妙に覚えていて、たぶんこれからも思い出として忘れないような気がするのです。


 ※『文体の舵をとれ」という文章読本のお題に沿って書いた文です。
お題は何か発言や行為があった後にその繰り返しとして何らかの発言や行為を出すことみたいなもの。
この文を書いていて、僕は突飛な冗談とかもめたら最終的に相撲で決着つけるみたいな雑なノリが好きなんだなと思いました。

#小説 #文体の舵をとれ #重ねて重ねて重ねまくる

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