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『誰か何とかせえっていう空気』~『文体の舵をとれ』練習問題 ③長短どちらも 問2~

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 私は黒板を背にして冬講演の日程を説明しつつも、この会議の行く末を思うと私の中で晴れない気持ちがあり、参加者の顔を伺いつつそろりそろりと話を進める様で、というのもこの会議間近に演劇部内でのカップル誕生が発覚したからで、夕暮れの教室に集まった面子にはいつもと違う緊張感とカップルを冷やかすような目線とが飛び交っており、私は部長として部員間のもめ事を避けるため調整する責務があると諸先輩方に教わったのであるが、カップルの片割れたる枚方芽衣は一番前の席に陣取ったものの、私とは異なる理由で緊張しているようでキャンパスノートに先ほどからメモを必死にとっては書き損じを消すを繰り返し、本公演の脚本家という役割の重圧にうろたえを隠せないようで、「『雌羊の鈍感』を行う上で、今回の脚本を担当した」と私が言い、名を呼ぶ前に、枚方は無言で立ち、何も言えずにおろおろと周りを見渡し所在ないままで、「枚方三年生に壇上で登場人物とあらすじの説明をしてもらおうと思う」と私が言うと、後輩たちの前で先輩として堂々とふるまってくれという思いが通じたのか、「はい」と壇上に立ち、呼吸を整え、話始める様は見事であり、教室内のどこか緩んだ空気を引き締まったように思えたが、最後尾に座る枚方の彼氏たる岸田保一年生は何事かを訴えるような眼で私を見つめており、そのしぐさにどこか嫉妬が込められているように見えたものだから、私が壇上を降りると、やはり岸田は彼女の隣に異性が並ぶことが我慢ならなかったらしく、先ほどとは打って変わって岸田は笑顔で、自慢の彼女がハキハキと説明するのを楽しそうに聞いており、「この脚本は私が高校時代に県の大会で脚本賞をとったもので」と彼女が言うと、岸田は一人で手を叩いて彼女の応援をし、枚方の方もやぶさかではないのか先に見えた緊張よりもこの場を楽しむかのような余裕をもって話しているようであったが、質問の場になり、安藤仁二年生が「この脚本は当て書きではなく、オーディションで俳優を決めるということでしょうか」と尋ねると、「私はそのつもりでいますが」と言葉を濁し、その困惑は安藤や枚方だけでなく他の部員にも広がっているようで、おずおずと手を挙げた篠田友里一年生も「大分、男女の絡みが多い気がするのですが」と自分の意見を遠巻きに伝えるので精いっぱいという感じで、何しろこの『雌羊の鈍感』は主人公たる男神といけにえに捧げられた村娘の濃厚なラブストーリーという筋立てで、枚方が女子高の演劇部時代に女生徒のみで演じれば宝塚のようなきらびやかな魅力を引き出しやすい本であったが、男女入り混じって劇を構成する以上、観劇する方にも生々しさを感じさせるようなものが完成することは容易に想像できるものがあったし、劇中に演者の恥じらいやためらいが少しでも混じれば繊細に構成されたストーリーラインが茶番と化して見えてしまうだろうことも誰しもが覚悟するような本で、それだけならまだしも男神には美形の長身という設定がついているものだから、我が演劇部でそのイケメン設定に当てはまるだろう役者は岸田一年生ということになり、つまりこの場の皆が思っている疑問として、脚本家枚方三年生は彼氏たる岸田一年生に濃厚なラブシーンを演じさせて大丈夫なのですかという一文に言語化されるのであるが、普段は演技の世界で男女のボディタッチを気にするなんざ野暮という空気があるものだから、逆にわざわざそんな質問をすること自体が相手を愚弄しているようなものになるので、誰も決定的な質問ができず、先の安藤や篠田のような回りくどい質問を通して、枚方の考えを示してほしかったのだろうが、当の枚方ときたら、「演じられる方は苦労されるかと思いますが」と自分の本への自信の無さゆえか筋書き事態に反対されているとでも思っているようでなんとも煮え切らぬ返事を返し、空気に耐えかねた谷川菫二年生は「部長は今回、演者にはならないのでしょうか。部長も長身ではあるので」と私に助けを求める感じで発言するものの、私としては今回も裏方で支えるつもりであったし、後輩女子たる谷川二年生に顔はよくないけど長身と言われたようなものだから、狼狽を隠すように「今回は来年のことも考えて、演者は一、二年生で固めて、学外から役者を集めるようなことはしないつもりだ」と強く宣言してしまって、そのまま黒板の上の壁掛け時計の秒針は一周し、私は仕方がないから「岸田、お前は男神役をやる自信があるのか」と矛先を変えて、この場の膠着状態を解き決着をつけようとしたのだけれど、岸田は「ええ、めっちゃいい役じゃないですか。超やりたいっす」とのんきな返しをして、神経質な矢張総司三年生の鋭いにらみを受けていたところ、まあ本人がそういうなら大丈夫かという空気に反し、「ええっ」と枚方がそんなに他の女子とべたべたする男神役に乗り気なのと言いたげな声を発したものだから、議論は最初に戻ったかのようで、私が部長として納めるしかないかと考えていたところ、ぽんと安藤二年生が自身の大きな腹を叩いて注目を集め、声を作って「ええ、めっちゃ気まずいじゃないですか。超やりづらいっす」と岸田の真似をしたので、まさしく緊張と緩和といった様子で、虚をつかれた教室内全員が声を出して笑ってしまい、あっという間に空気はほどけ、先ほどにらみを利かしていた矢張も「そうだ、そうだ。二人でちゃんと話し合ってから本を提出してこいよ」と笑顔で囃し立て、女優たる篠田一年生も「こんな空気で岸田の相手役になる可能性あんのかと心配しちゃったんじゃないかよお」と本音を漏らして、枚方もそんな心配をさせてしまっていたのかとようやく気づき、「劇は劇、恋は恋です」と酔っぱらったような発言をしたので、またみんな笑ったのであった。

 『文体の舵をとれ』という本の課題に沿って書いた文です。1ページくらいの語りを700文字に達するまで一文で書くみたいな課題でした。大勢の登場人物が盛り上がって一つになる感じで書けとのことなので、関係性を出しやすい部活ものにしました。演劇部ではなかったのでこんな感じなのか知らんのですが、どうなんでしょうか。

 書いていて頭の体操みたいで楽しめて書けたのですが、意味が通るのか心配です。ご意見、ご感想、ご指摘等をいただけたら幸いです。

#小説 #文体の舵をとれ #長短どちらも


サポートしていただいた場合、たぶんその金額をそのまま経費として使った記事を書くと思います。