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2023シーズンレビューに変えて

①カリーレ長崎とは何だったのか?

2022シーズン、唐突に招聘されたファビオ・カリーレ。その就任に際して当時の私は3つの懸念点を指摘していた。松田長崎の守備が崩壊しているわけではなかった点、その割にカリーレは守備に定評のある監督という点、そしてクラブを短期間で転々としている点だ。要するに「もっと攻撃的で魅力的なサッカーを」「できるだけ長期政権で」と望むクラブとカリーレの色がどうにもマッチングしているとは思えない点にいささかの不安を抱いていた。髙田旭人CEOが監督交代の理由について「(スタジアムシティ開業に向けて)世界的名将にこのプロジェクトを託したかった」「人柄がとても良い」と説明したことも不安に拍車を掛けたように思う。

私の不安は悪い方向に的中した。2022年は(最下位の盛岡を上回る?下回る?)1試合平均失点2.0というリーグワーストを記録して11位、2023年はJリーグ参入後最多となる70得点を挙げたもののチームは安定感を欠きプレーオフ圏内にも残れない7位。そして契約更新後にサントスから届いたオファーを受諾、いわば二重契約の状態でJ2リーグから逃亡してしまった。

FIFAの規約では監督・選手は同時に複数のクラブと契約を結ぶことを禁止している。この規約を破った、または破るように誘導したクラブには新規選手登録(補強)禁止や下部組織の公式戦出場禁止などの非常に厳しい罰が与えられることになる。記憶に新しいのは2023シーズン、ファビアン・ゴンザレスの二重契約問題で磐田が様々な制裁を科された。

カリーレの就任によってクラブが望んだ「より攻撃的に」という願いは過去最多得点の達成により一見成就されたように見える。ただ残念ながらサッカーはより多くの得点を取ったチームが勝つというルールではない。相手を押し込みさえすれば前線のタレントが得点を重ねてくれるが、肝心のビルドアップに再現性がなく攻撃回数はリーグ21位。逆に守備のフィロソフィー(哲学)やオーガナイズ(組織性)は感じられず、被シュートや被チャンス構築率も21位という散々なデータが残ってしまった。チームとしていかに試合をコントロールして勝つか、という絵図が最後まで見えなかった

一方試合の内容に目を向ければ開幕からファンマ・エジガルを前線に並べる5-3-2可変という奇襲に出るも全く機能しなかったり、かと思えば右ウィングの中村慶太をフリーマン扱いにして右サイドバックが幅を取る不思議な4-1-2-3を繰り出してみたり…戦術的なチャレンジをいくつか見せた。カリーレ自身はオフシーズンにアーセナルまで視察に行くなど最先端の思考を取り入れることに意欲的で、(世界的に見ても価値を上げているとは言えない)ブラジル人指揮官だけどこんなことが出来るんだぞ!という戦術家な一面を披露したがっているようにも見えた(余談だがブラジルでは"PEP CARILLE"とか"教授"と呼ばれてたりするらしい)

古今東西「攻撃は良いから後は守備を改善するだけ」と語る”有能な”指揮官は存在しないサッカーにおける攻守は常に表裏一体であり、攻撃と守備を分けて語る事はナンセンスに他ならないからだ。世界的な名将という触れ込みで招聘されたカリーレだったが、少なくともその手腕はかなり怪しかったと言わざるを得ない。これ以上、カリーレ長崎を振り返ることに意義を見出すことは難しいと個人的には思う。

②孤独な経営者はボトムアップを是とするが

自分は一介のサラリーマンだが、経営者というのは常に孤独なものだろうなと思う。事業を執行する側の人間と雇われる側の人間の間には埋めざる差があり、「経営者目線で仕事を」とは言うもののどれだけ成果を上げたところで報酬が経営者を超えることはまずないわけで、経営者目線を持つ会社員というのはほとんど想像上の生き物だろう。

だからこそ経営側の人間はトップダウンよりボトムアップの組織を好む。「俺の言うとおりにやれ」という経営者も中にはいるだろうが、組織の構成員に対して「自分で考えて行動を起こせ」と自律的な姿勢を促すことの方が多いように思う(本音と建前は別にして)

カリーレに対する髙田旭人社長の評価は、シーズン中に公開された鼎談動画に良く現れていた。

「日本とブラジル 海外の違いが絶対にあると思うんですけど、ガチガチっと決めごとを作る監督と、決め事は少なめで現場での判断に任せる監督と(2つのタイプがあって)、僕はカリーレさんはそのバランスが良いと思っていて、ある程度の決め事・約束事を作るけどグラウンドの上で状況を見ながらそれを守るも守らないも最終的には選手の判断だと
「カリーレさんが来た1年前と比べて意思を表現する選手の割合は増えている感じはして(中略)チームの雰囲気は変わっていますか?」

髙田旭人会長の発言

上記の発言から、選手にはガチガチに決められた戦術通りにプレー(トップダウン)するのではなく、各自が自主的に判断してプレー(ボトムアップ)してほしいという髙田会長の根本的な願いが感じ取れる。動画内ではこの発言にカリーレは同調し、一方で竹村テクニカルダイレクターは「選手が迷うなら1~10まで伝えるべき」「(意思を表現する選手について)まだ全然少ないが最初の頃よりは増えている」と(ややばつが悪そうに)私見を述べた。

監督が代わるとなるとついシステムや志向など戦術的な面に目が向きがちだが、同じくらいマネジメントに対する考え方も重要になってくる。Jリーグに昇格してからの長崎はスカウティングを徹底的に落とし込んでハードワークさせた高木琢也→ボール保持を軸に選手の自主性を発揮させた手倉森誠→ディシプリン(規律)を強調してソリッドな守備から良い攻撃を繰り返した松田浩→そしてバトンを渡されたカリーレまで入れると奇しくもトップダウン型とボトムアップ型の監督を交互に繰り返しているように見える。

ボトムアップ型からトップダウン型に移行する場合はある程度目線を合わせやすいためスムーズに行くことが多い。逆にトップダウン型からボトムアップ型に移行する場合は選手の裁量が増えるため方向性がばらつきやすく、チームとして機能するのに時間が掛かる。例えば日本代表のように世界のトップレベルで戦う選手達なら即興でも一定のクオリティを保てるが、いわんやJ2の選手ではそう簡単にいかない。

トップダウン型からボトムアップ型のマネジメントに移行したとき、例えば2019シーズンの手倉森体制1年目が終わった後には「一体感の醸成が難しかった」という言葉が選手から聞こえてきた。今年の長崎にも同じことが言えそうな雰囲気を随所から感じた。一体感があるから勝率が上がるのか、勝っているから一体感が高まるのか、いずれにしても毎年昇格するチームは監督・選手の団結を強く感じる。そういえば手倉森監督が解任された時も恨み節のように一体感の話をしていたような…。

少し話が逸れたが、経営者がボトムアップを是とするのは必然のように思う。目下絶好調の日本代表は森保監督のもとで選手の自主性を尊重したサッカーを繰り広げて破竹の9連勝を達成、やはりボトムアップを主題においたマネジメントをしている。また世界のトレンドを追っても「選手が自主的に判断する」という方向に向いているのも事実なようだ。ただ長崎はJ2のクラブであり、まだ日本のトップofトップが集まるような規模ではない。ある程度の決まりごとがあって、選手から無駄な選択肢を排除してあげることで判断のスピードを上げるというアプローチが絶対に必要になる。あるべきマネジメントの姿を想定するのも重要だが、今はまだ現実的に勝率を上げていく方法を主題に考えるべきだろう。

③地方クラブこそブランド力

地方のJ2クラブを強化するのは非常に難しい。たとえ資金力があったとしても「目先の年俸より将来のキャリア」を真剣に考える有望な若手を獲得することは出来ない。長崎の強化は有望な大卒(白井・松澤・ジョップ)か外国籍の獲得がほとんどで、他クラブの主力を引き抜くことはあまりない。ここ5年で直近リーグ戦出場時間が2000分を超えていたのは富樫・二見・奥田・村松・クリスティアーノの5名のみで、全員が既に退団している。一方で同じ地方J2クラブの山形は加藤・山岸・吉田・山崎・國分・ビクトル・中原・新垣・河合・後藤・山田・川井・藤本・西村・小野・田中・髙江など17名に及び、J2とJ3の主力を引き抜くのに非常に定評がある(あまりに多すぎるので数え漏れがあるかも…)

2022シーズンの人件費で比較するなら長崎の13億円に対して山形は8億円と5億円近い差があるのに、ここまで差が出てしまう要因は何か?もはや立地や資本力は言い訳にできるはずもなく、ひとえに有望な若手選手は山形のサッカーに魅力を感じているという点に尽きるだろう。2021年にクラモフスキー監督を招聘してからは一貫してボール保持志向でブレずにチーム作りをしており、各ポジションごとに求められる役割も明確だ。山形に移籍したら選手としての価値を高められるというブランド力が国内の有望な若手を惹きつけている

対する長崎はどうか。神崎さんや竹村TDが見出した若手選手が大きく成長して続々と個人昇格を果たしているが、前述の通り監督や戦術的志向を頻繁に変えるクラブが移籍先として選んでもらえないのも事実だ。クラブとして一貫性を持たせるためには現場外での旗振りと選手の評価を正しくできる専門家の招聘が必要だろう必要だろう。7年前から主張している通りゼネラルマネージャーを設置するのも解決策の一つかもしれないが、ポストの有無はさておき実際にクラブを導ける人材が必要になる。高木琢也CROが営業畑で精力的に活動しているのは今後の布石なのかもしれないけど、現状の長崎は「資金力があり」「国内最高峰の専用スタジアムが出来る」けど「一貫性のない」クラブとして認識されている現状を真摯に受け止める必要があるだろう。むしろブランド化されているクラブの方がJリーグには少なく、長崎以外の多くのクラブも同様の問題を抱えていると言える。

ちょうどタイムリーな話題でTLが賑わっていたので、その一部を抜粋しておく。明確なゲームモデルは誰が描くのか?そもそもポジション的に人材難?長崎の場合は社長が「J1に上がればGMを置きたい(それまでは置けない)」という趣旨の話を数年前にしたきり、この話は進展していないのが現状だ。カリーレ問題で相当な痛い目を見たと思うが、心境に変化はあっただろうか?

④さいごに

今回のカリーレ騒動で「ブラジル人指揮官に裏切られた哀れなクラブ」という立場に立つことになったが、元はと言えばその程度の指揮官に2年の契約延長を打診したフロントも大いに振り返る余地があるだろう。もちろん今回の件については100%カリーレと代理人とサントスの不義理で長崎に落ち度はないし、信頼を仇で返されたショックは小さくないはずだ。監督を次々と変えることを批判された反省として今回こそは長い目でという気持ちも理解できないわけではないが、目的は長期政権を築くことではなくJ1昇格・定着にある。個人的にはカリーレがあと10年指揮を取ってもJ1に昇格できたとは思えない、それほどサッカーやJ2に対するスタンスにズレを感じた(人件費が30億になるなら話は別かもしれないが…)

これも余談だが、筆者が(この監督ダメかも…)と思ったタイミングが2度あった。1度目は失点の原因を「空中戦の弱さ」と言及していた時、2度目はボール保持を頑張ると宣言してる割にに貴重な左利きCBを2人とも手放した時。去年全くレビューを書かなかったのは個人的な事情を含めて色々な理由があるが、一番はカリーレ長崎を文書化して記録を残すことに意義を感じられなかったからだ。

事態が起きてしまった以上、もうポジティブに物事を捉えるしかない。『良いオファーがあれば契約途中でも母国に帰ろう』などと内心考えているような半端者がクラブを去り、後任には下平ヘッドコーチが就任することになった。社長が求める世界的名将ではないかもしれないが、少なくともあの半端者よりは自分の哲学を持った指揮官だろう。ただし過剰な期待は禁物で、ボール保持はボール非保持より時間と金が掛かることを肝に銘じなければならない。4局面の志向も大きく変わることになり、特に攻撃→守備における即時奪還は2018シーズンの高木長崎から長らく取り組んでいないテーマになる。また保持志向のチームは二巡目に対策されると苦しむという傾向もある。下平さんや片野坂さんが言うところの「戦術アレルギー(拒否反応)」を発症する可能性もある。シーズン開幕時点での編成は下平HCが望むものとはギャップがあるだろう。でも少なくともカリーレよりは見ごたえのあるチームを作ってくれるのは間違いないはずだ。

アプローチが全く違う下平HCのチーム構築は長崎サポーターにとって新鮮に映るだろう。体脂肪に厳しいという噂も聞いたので、マテウスはバカンスを早めに切り上げて二回りくらい身体を絞る必要があるかもしれない笑


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