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職人が0.1ミクロン単位で磨き上げるシェイカー

ギムレットの飲み比べで天地がひっくり返るような経験をしてから、さっそく工場にフィードバックを持ち帰りました。

金属の研磨にはサンプルで行ったLAP研磨だけでなく、バフ研磨、電解研磨(電気を流して金属表面を溶解させることで研磨効果を得る方法)、サンドブラスト加工などいくつかの方法があり、試作品の製作にあたってはさまざまな研磨パターンを試すことに決めました。

すぐにも違った研磨パターンを試すべく、次のサンプル制作に取り掛かりたかったのですが、私も本業がありますから出張支援しているタイに戻らなければならない。

日本の現場のスタッフに、次回の帰国までに試作品を仕上げてもらうようお願いして、後ろ髪引かれる思いでタイに戻るという繰り返しでした。
 そのように研磨パターンを変えた試作品を作りまくりました。

研磨パターンが異なるいくつかのシェイカーを作ってはバーに持って行き、ギムレットを作ってもらって飲み比べる。そのなかから最も美味しくできたサンプルだけを残すという生き残り方式で、最適な研磨パターンを半年間探り続けました。

さまざまな研磨方法・番手を組み合わせ試してみてわかったのですが、どうも、容器内側の表面の形状がそのままドリンクの味わいに転写されるようなのです。ギザギザな表面ならギザギザな味わいに、化学的な方法で研磨を行うと表面はサイケデリックな波形となり、味わいもサイケデリックに。

この期間に飲んだギムレット(もしくは類似のダイキリ)はトータル300杯を超えるはず。全ての試作カクテルを飲み干すスタイルで開発を進めていたからか、開発期間中に体重は7kg増加、尿酸値はいきなりレッドゾーンに突入しました。

半年間、何十パターンの試作品を作る中で選んだのは、なんだかんだ試作品第1号に採用した、グラインダーを使った手作業によるLAP研磨でした。

半年にわたる開発期間において、最後に量産品としての研磨方法を決める決勝戦として、LAP研磨をシェーカーの容器に対して縦方向に施したものと、横方向に施したものを比べました。

従来のシェーカーは横方向に磨かれているものが多いのですが、カクテルの材料はシェイクの動きに合わせて縦方向に動きます。それに対して横方向の研磨目がカクテルの素材にブレーキやストレスをかけているのではないかと仮説を立て、縦方向に研磨をかける方法を開発。

最終的には縦磨きを採用。

発売から10年経った現在から見て、この縦磨きを採用したことが、他の追従を許さず孤高のブランドであり続けられる要因だと自負しています。それくらいユニークで難しい技術なのです。

縦方向の研磨に加えて、研磨の精度にもこだわりました。

一般的なステンレス容器内部を顕微鏡で観察してみると、剣山のようにささくれだった状態であることがわかりました。これが液体にストレスを与え、雑味の原因と見立てたのです。

このようなミクロの剣山を磨いてならし、滑らかにする。液体の運動時の流速が向上し、まとまりやすくなるのです。

ただし、完全なフラット状態にするよりも適度な凸凹を残したほうが、撹拌効果が高まってきめ細かな泡や滑らかな口当たりを生み出すこともわかりました。

職人たちが手作業で磨き上げることで、ミクロでユニークな内部加工が可能となり、カクテルに新たな味わいをもたらす可能性が見えてきました。
 
並行して、シェイカーの量産体制を整えるべく、シェイカー本体のサプライヤー探しにもとりかかりました。

ステンレス製品製造の本場・新潟県燕市で、互いのものづくりに共感し合えるメーカーと出会うことができたのです。

また、前職のつてを頼りに、パッケージやロゴデザインを手掛けてくれるデザイナーを探しました。

やり取りを重ねながら、わずか1ヶ月半で理想的なデザインを作ってもらえたのだから、運にも助けられたと思います。
 
容器内部の研磨工程以外を外注したのは、このプロジェクトでは、原材料をのぞくすべての生産工程を国内で行うことと、横山興業は研磨に集中、他のプロセスは外注するということで、よりスピーディに精度も高く開発を進められると考えたからです。

シェーカーの内側の研磨に集中することでこの工程の付加価値を高めて他社との差別化を図るとともに、それ以外の工程でほかの工場・メーカーと連携することで、日本のものづくり全体の底上げに寄与するという狙いがありました。
 
一方、全国のバー巡りをスタートしたのもこの頃。
全国に点在する「名」バーテンダーたちとの出会いが、この後の「BIRDY.」のゆくえを大きく左右することに……。
 
続く

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