見出し画像

月例映画本読書録:2021年06月

今年、ぼくとパートナーのMは「毎月、その月あるいは前月に刊行された映画本を5冊読む」ことに決めた。
 …ということで、毎月5冊最新の映画本を読んで、ぼく(=Y)とパートナーのMで短めな感想を書いて記録していくという企画の2021年6月分=第6回目である。企画開始の経緯などは初回である1回目に書いたので、未読の方はまずそちらをぜひ読んでみて欲しい──以後更新されていくの分も含めて、以下の”マガジン”機能で全てまとめておくつもりなので、こちらのページ↓を見ていただければ、常に”現状”の全ての回がみられるはず。

では、今月の5冊をはじめよう(並びは刊行順/感想は読了順)。
今回は、5月刊行のものor 6月刊行のものから。

・トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』

新潮社/2021年05月25日発売/704頁/4,100円+税

画像1

 Y がピンチョンが好きなので、何度か読もうとしつつ結局他のものを読んでしまっていたので、今回が初ピンチョン。なのでおそらく本自体よりも初ピンチョンの感想のような内容になると思う。
 まず驚いたのが、会話の筋と関係ない細部の描写の多さ。主人公が会話する相手との簡潔な回想や、話す仕草に対する考察やユーモア。しかしあまり脇道にそれる印象でもなく、会話や展開はどんどん進んでいくので、川を降っていて「あれ、もうこんなところまで来てたの」というようなスピード感がある。帯には”おせっかい”とあるが、主人公のある程度鋭い洞察力が、違和感や直感を見事にアシストしてしまい、陰謀めいた出来事に近づいていくのが心地いい。
 本著はホーム・コメディ的な側面も強い。これは子供のいる中年女性が主人公なので安易にそういうのではなく、他の登場人物の家族関係も軸になっているためだ。アメリカを揺るがすかも知れない陰謀と、知り合いの家族のいざこざが一緒くたに主人公に迫ってくる。大きな社会の問題と、ミクロな家庭事情が地続きなのが何より魅力であり、家のドアを開ければ壮絶な社会がある感覚。家と外、そこに仕切りは一応あれど、それは薄く脆い壁に過ぎず、今日もほら押しかけてきた他人が揉めている…という感じが何ともリアル。(M

 まずは敬遠している方に”心配無用”とだけ言い切っておきたい。非分冊のピンチョンは挫折いらずの読み易さで、少なくとも読了は容易である。本書も例外ではなく、大枠は”探偵モノ”、パラノイアは絶えず充満、固有名詞や人物がふんだんに散りばめられる…という”いつも”のピンチョン。語りの主格が徹底して主人公に統一されている点は”いつも”より親切設計と言えるかもしれないが、新鮮なのは舞台が2001年だという点くらいか。「”映画本”として取り上げるのは流石に無理があったかも」と反省してはいるものの、映画言及自体は豊富で、『ハムナプトラ』頻出の意外さ、ノルシュテインに泣くロシア裏社会勢力、キロ単位で海賊版DVDを買い込む映像作家…どれも印象深いが、白眉は(架空の)伝記映画専門ケーブルチャンネル!ある週は、オーウェン・ウィルソンがジャック・ニクラウス、ヒュー・グラントがフィル・ミケルソン、クリストファー・ウォーケンがチチ・ロドリゲスを演じる作品が続々放映とのこと──「全米オープンが近づいてるんで、今週はゴルファーの伝記ものが続くんだ」…み、見てえ!あえて全ては書かないが、他にも幾度か架空伝記映画への言及あり。まあとにかく始終退屈しないオースムな一冊なので、文句なしにお勧めです。(Y

・荒井晴彦&森 達也&白石和彌&井上淳一『映画評論家への逆襲』

小学館/2021年06月03日発売/288頁/900円+税

画像2

 タイトルと帯の惹句が仮想敵としているのは、明らかに蓮實重彦…の昨年出た新書『見るレッスン』──編集サイドの”ザル”感が凄まじい一冊──だが、それへの野次馬的興味で本書を手に取るのはお勧めできない。だって、中身は全然そんなんじゃないんだもの。収められているのは本書のために催された座談会などではなく、コロナ禍で苦しいミニシアター興行支援のために行われた上映後(「作品は映画館が指定する」)有志トークゆえ評論家への不満を述べている局面はごくごく一部のみ。そもそも蓮實重彦に関しては、荒井が「けっこう読んでる」と言う一方で、3名は読んですらいない(井上「僕は1冊も読んでない」、森「当時から今に至るまで何の興味もない」、白石「全然、ないっす」)。憚ることなく──むしろ誇らしげですらある──宣言する様子には心底呆れてしまうこと間違いなし。この例に限らず、読んでいて感じるのは、思いの外マトモな荒井と予想以上に無知な3名、という対照的な構図だ。話題の掘り下げ、発言の良し悪し云々以前に、ひたすら「見てない」が多発。決して全ての映画を見ることはできない…のは承知しているが、その無力感とは無縁の単なる意欲の弱さ。皮肉なことに、本書が痛感させるのは、いかに”蓮實チルドレン”の作り手たちが貪欲/勤勉な観客であったかという事実である。見苦しさを面白がれるならば、楽しめはする。(Y

 「荒井晴彦がどんなこと言ってるのかな」的な関心があった人も多い時思うが、読むと意外(?)、荒井晴彦の言っていることが一番しっかりしている。荒井晴彦は、穿った意見も言うけれど本人の中で意見がまとまっていて、考えを理解しやすい。しかし井上、森、白石は要領を得ない発言が目立つ。
 また書籍化にあたり収録された対談は、あまりにも若者が仮想的にされていてこれも要領を得ない。もはや若者が仮想的にされるのは世の常なんで、怒りも湧かないが、「最近は映画批評にと呼べるものがない」という意見は自分の観測圏の狭さを露呈するだけではと思う。
 蓮實重彦を読んでれば良いという簡単な話ではないけれど、荒井晴彦以外の3名は一冊も読んだことがないといい愕然。蓮實を好む・好まないの話ではなく、蓮實重彦を通らずして現在の映画批評を考えることはできないのでは。
 日本アカデミー賞への批判にともなって『ミッドナイトスワン』のトランスジェンダー描写への批判と、それが批評されていないことが取り上げられていたが、私は指摘している人も多く、ちゃんとした批評もあったと思う。もちろん十分な内容や量だったと言いたいわけではなく課題も山積しているが、まずそもそも頑張ってる人や優秀な人がたくさんいるのに、いないことにされるのは悲しい。どういう人が業界を悪く、先細りさせてるかよく分かる必読書です。(M)

・猿渡由紀『ウディ・アレン追放』

文藝春秋/2021年06月10日発売/232頁/1,600円+税

画像5

  言わずと知れたウディ・アレンのスキャンダルを丹念に検証した一冊。”言わずと知れた”…はたして本当にそうなのだろうか。確かに近年、#MeToo運動の文脈の中でアレンの性的虐待疑惑はふたたび大きく取り上げられた。しかし、結局のところ、事実関係をちゃんと追いかけた者はそう多くないだろう──恥ずべきことだが私もそのひとりだ。そして、そんな人なら本書はきっと読む価値がある。本書は事実の記述をひたすら積み上げる…だから当然”結論”など出ない。それは、あったのか/なかったのか? この手の出来事に対して「なかったのではないか」と僅かでも疑念を抱いてしまうことには倫理的な罪悪感を伴うが、本書は安易に”正当”な断罪に与してしまうことへの警笛を鳴らしている。発言しない勇気もあるということを仄めかす。アレンが潔癖である証拠はどこにもないが、ファロー陣営の主張にも時折破綻が覗く──”結論ありき”で眺めるのでなければ、正直なところわかりようがないのだ。本書に書かれていることは、突き詰めればそれだけである。しかしそれは貴重な慎重さと言える。「もう見ない」と言うならば、少なくともまずはそこからだろう。(Y

 犯罪やハラスメントに関係した製作者や出演者の話題になると、「作品と本人は別」という意見がよく聞かれる。それを当てはめることに同意するケースもあるが、正直このよく聞くフレーズは大雑把すぎると思う。このケースは?こういうこともあるけど、とかなり細かく考えなくてはいけないと本著を読んで改めて感じた。
 ウディ・アレンのスキャンダルについては、ネットでも簡単に知ることができる。本著は新たな真実を暴露するような内容ではないが、ウディ・アレンの発言、あるいは関係者のバックボーンや発言を細かく知ることができるので、事件の概要を知っていても興味深く読める。
 また、終盤の#MeTooムーブメントからのアレンとミアサイドの発言や、著名人、一般観客の動向も改めてまとめられている。ねじれてしまっていた家族がさらに確執を深めていく様はただただ胸が痛い。一つ一つ紐解いて、別箇に追求しなければいけない疑惑が抗争の種として一緒くたになっており、もはや取り返しはつかない。もしこの本から教訓めいた考えを導き出すなら、その都度自分の考えは何かを突き詰め、別箇に向き合うと言う面倒な作業を怠ってはいけない…ということだろうか。(M)

・岡田秀則(監修)『昭和の映画絵看板』

トゥーヴァージンズ/2021年06月16日発売/352頁/2,700円+税

画像3

 映画看板と言われてイメージするのは、ポスターを大きく看板状にしたもののようなイメージだったが、実際にはずっと多様なレイアウトの看板があったことが本著を読むとわかる。映画看板は保存されない媒体だったため、残っているものはかなり限られていると思うが、こうして写真の記録があるのまず素晴らしい。モノクロの写真なので、モノクロの映画に工夫や想像を凝らし着色したその色が分からないのは切ないが、レイアウトが素晴らしいので十分楽しめる。
 インタビューや資料もあり、その歴史や技術も知ることができるが、やはり写真が語るその凄さがもっとも説得力がある。映画好きの感覚からすると、こんなにかっこいい広告物が街にあるだけで心が躍るが、やはり繰り返しになってしまうがレイアウトがかっこよすぎる。時には人物の顔を大きく、時には印象的なシーンを全身で見せ…。毎回、何が人々の興味を惹き、作品の魅力を伝えられるか熟考されているのがわかる。また自分の好きな作品の看板を見るだけでなく、ちょっと誇張された作品の看板を見つけるのも楽しい。個人的にはポスターや雑誌の表紙と比較して映画看板にどんな特徴があるか興味が湧いた。この本が新たな出発点となり、映画看板に関する資料がもっと増えることを願う。(M)

   街の映画館前にデデンと飾られ、人目を惹き、客を集めた…そんな映画絵看板の写真を300点以上掲載した資料本。やろうと思えば、15分ほどで"読了"は可能──いうまでもなく絵看板の写真がメインであり、"読み物"は限定的──な一冊とも言えるが、その一方でどれだけ時間をかけても「まだまだ眺めていたい」と思える一冊でもある。限定的とはいっても、読み物はどれも資料価値の高い素晴らしいものばかりで、とうに現役を退いたはずの映画看板絵師たちがまるで昨日のことのように当時の仕事を語るインタビューでは、内容以上にその記憶力の鮮明さに誰もが驚くことだろう。また、本書は何より第一に"絵看板"の本ではあるのだが、同時に映画館の本であり、映画文化についての本でもある。ひとつの街にいくつも映画館があり、人々が詰めかけていた時代。看板を見て「入って行こうか」とフラリと楽しむ習慣が根づいていた時代。97年生まれの私にとって、これらの時代は一種のファンタジーであり、本書はそんな時代へのノスタルジーを掻き立てる。 
   余談だが、インタビューで絵師たちがその"色"の重要性を語っているだけにカラーで撮られた写真がごく一部なのが寂しいが、AIによる自動着色を試してみるのも一興。正確か否かを知る由はないが、少なくとも当時の観客気分は存分に味わえる。(Y)

・ミシェル・ルグラン+ステファン・ルルーシュ『君に捧げるメロディ ミシェル・ルグラン、音楽人生を語る』

アルテスパブリッシング/2021年06月25日発売/248頁/2,400円+税

画像4

「なんかフランス映画っぽい」という、曖昧な比喩をあなたは聞いたことがありますか。私はあります。実際はそりゃあおしゃれな映画もあればおしゃれじゃない映画もあるし、おしゃれと形容するのは安易すぎる映画もあるわけですが、乱雑な概念として「フランス映画っぽい」が指すものは一応想像できる。そしてこの一冊はまさになんかおフランス、なんかおしゃれという漠然とした感想になってしまうような自伝だった。
 ではなぜ、そんな感想を引き出されてしまうのか。それは、ミシェル・ルグランが言葉として極めてダサくなるがおしゃれな”イケ感”を出すのが天然で上手く、かつ自分を魅力的にみせるいわば養殖の”イケ”の出し具合も上手い。この天然と養殖のスイッチングに才を感じるのだが、いちいちそれを考えながら本を読まないので、最終的になんかおしゃれだったなーという気持ちになるのではないだろうか。本人も「私が反論を受け付けないような教師のような人物、人生のさまざまな出来事を即座に分析し、ときには予想さえするような人物だと思われることだ。そうだとしたら、それは私の実像とは正反対のイメージである」と書いていて、単に少しよく書き過ぎたなと思ったのかもしれないが、むしろこの文章があって一冊が真に完成したのだと思う。ミシェル・ルグラン、あざとくて良い。(M

 巻末付録のリストを眺めると、その仕事量に今更ながら改めて驚くことになるが、語られる作品はそう多くない。そもそも帯にも記載がある通り、本書は”第2弾”であり──第1弾は『ミシェル・ルグラン自伝』──、時系列に沿わない構成ゆえに作品への言及も分散している。とはいえ、興味深い内容には事欠かない。とりわけ、実現しなかった企画を赤裸々に述懐する第6章、ウェルズの遺作『風の向こう側』で作曲した経緯を語る第11章は特出した面白さだ。
 だが、深刻な不満もある──第6章の導入部にこのような記述があるのだ…「夕食会の際、不気味な黒眼鏡で顔を隠した見慣れない老女が、勝手に私の隣に座る。誰かが私たちの耳にその人物の名前を囁いた(中略)それは、オスカーを受賞したこともあるアメリカ人の映画監督で(中略)しかし、同じ人物とは思えない──会っていない間に、彼の顔も、背丈も、肉付きも、声も、そして何より性別が変わっていたのだから。私の疑念がどんどん膨らんでいくにつれ、タヴェルニエをはじめとする同席者たちは必死に爆笑をこらえていた」。いうまでもなく、(明言はされないが)これはマイケル・チミノのことだろう。後から何か”回収”があるのかと思えばそういうわけでもない。単なる導入、”無意味”で”無邪気”な思い出話だった──全く以て感心できない。(Y

* * *

〈その他・雑記など〉

   課題本以外に読んだ本で特に面白かったものは…団鬼六『真剣師・小池重明』、山田耕大『昼下りの青春〜日活ロマンポルノ外伝〜』、ゲーリー・ウィルソン『インターネットポルノ中毒』、佐久間文子『ツボちゃんの話:夫・坪内祐三』、ジョナサン・ローゼンバウム『Dead Man』、トム・ダーディス『ときにはハリウッドの陽を浴びて』あたり。眠れない夜が多く、身体の倦怠感は常時MEGA MAXだが、古いキネ旬の映画本記事を漁ったり『映画秘宝』索引作成を地道に進めるなど…ひとまず騙し騙しで無理矢理充実。(Y

   秋田麻早子『絵を見る技術』は美術館はときどき行くけれど、美術に詳しいわけではない…という人にはお勧め。なんとなく絵を見る時にやっている見方も明文化するし、様々なコツを知ることができる。堅苦しくない本だが、内容は細かく充実しているのも良い。(M)

では、今回はここまで。
次回は7月31日更新予定です。


ここから先は

0字

¥ 100

本文は全文無料公開ですが、もし「面白いな」「他もあるなら読むよ」と思っていただけた場合は、購入orサポートから投げ銭のつもりでご支援ください。怠け者がなけなしのモチベーションを維持する助けになります。いいねやコメントも大歓迎。反応あった題材を優先して書き進めていくので参考に…何卒