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月例映画本読書録:2021年03月

 今年、ぼくとパートナーのMは「毎月、その月あるいは前月に刊行された映画本を5冊読む」ことに決めた。
 …ということで、毎月5冊最新の映画本を読んで、ぼく(=Y)とパートナーのMで短めな感想を書いて記録していくという企画の2021年3月分=第3回目である。企画開始の経緯などは初回である1回目に書いたので、未読の方はまずそちらをぜひ読んでみて欲しい──以後更新されていくの分も含めて、以下の”マガジン”機能で全てまとめておくつもりなので、こちらのページ↓を見ていただければ、常に”現状”の全ての回がみられるはず。

では、今月の5冊をはじめよう(並びは刊行順/感想は読了順)。
今回は、2月刊行のものor 3月刊行のものから。

・清水知子『ディズニーと動物』

筑摩書房/2021年02月17日発売/336頁/1,700円+税

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  作品の論考などは読んでいても、まとまった本はあまり手にしていなかったディズニー関連書籍。本著はタイトル通り“ディズニーと動物”をテーマに、ミッキーマウスからプリンセス映画、あるいはプロパカンダとディズニーなど、様々な角度から論じていく。
 個人的によかったと思うポイントは2つ。1つ目は『バンビ』の章でディズニーリゾートのアニマルキングダムに関する記述があること。私は高校生の頃訪れたことがあるが、かなり不思議な空間で、その場所について作品の流れで書かれているのが面白かった。2つ目はプリンセスに関しての章。フェミニズムの視点から批判されていることに触れつつ、一概にプリンセス映画を否定せず、先行研究を引用しながら細かく分析していく点。
 ただ、読みながらどこか物足りなさもあった。それはこちらが“ディズニーと動物”というテーマに対して結論めいたものを求めていたのも大きい。ただ読めばわかるが、この分量でこのテーマを論じ切るのは不可能である。ただ多岐に渡る視点で書かれているので、最終的なまとめがもう少し欲しくなってしまったのだろう。(M

 ”動物”表象を切り口にディズニー作品世界を分析する一冊。実はあまりディズニー作品を多く見てきていないのだが、予想以上にメディア論としての側面が強く、惹き込まれた。全10章、どの章もそれぞれ独立した読み物として印象的で、各章に関連はあるものの、1冊…というよりは読み応えのある論考が10本並んでいるという読後感。個人的に特に面白く読んだのは、ディズニー以前のアニメーションの系譜を辿る第1章、ミッキーマウス表現の変遷を辿る第2章、そして『バンビ』と「ネイチャー・フィルム」から見る”動物”のリアリティを考察した第4章、ディズニー製プロパガンダ映画についての第6章。第4章で語られる、ハンター描写の偏りを抗議されたウォルト・ディズニーによる雑かつ的外れな弁明「劇中のハンターはアメリカのハンターじゃなく、ドイツのハンターなので(大意)」に思わず笑った。実際は、動物保護/自然保護の法律が次々と実現したナチスドイツにおいて狩猟を行うには政府の厳重な許可が必要だったという。(Y

・秋山邦晴 著/高崎俊夫、朝倉史明 編『秋山邦晴の日本映画音楽史を形作る人々/アニメーション映画の系譜』

DU BOOKS/2021年02月19日発売/672頁/5,800円+税

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 1971年から78年まで、音楽評論家・秋山邦晴が雑誌『キネマ旬報』に連載していた「日本映画音楽史を形作る人々」全63回を書籍化したもの。税込6000円超え、三段組で700頁近くある、まさに”大著”だが、読んでみると「伝説の連載」という帯の惹句に偽りなし!と実感させられる。そもそも映画音楽というもの自体、評論対象になる機会はそう多くないうえに、決して言語化しやすいものではないと思うのだが、ひたすらに文章が素晴らしい。毎回、どこまでも具体的な分析でありながら、同時に個人的な鑑賞体験記にもなっている。誰にも真似できないほど愚直に画面と音楽の相互作用を仔細に記述し、その機能を解析する。そのうえで作曲家本人に直接しっかり話を聞き、すでに説得力のある論を裏付ける。こんなにも凄い文章が毎月連載されていたなんて、本当に信じられない。各回ひとりの作曲家を贅沢に取り上げ、ときには複数回かけて仕事を追いかけていく──早坂文雄は最多で、7回も割いている。50年経ても全く色褪せることのない、誠実な途方もない”仕事”…細部に触れたいが、スペースが足りない。これは間違いなく今年最重要の一冊だと断言できる。(Y

 かなり多様な楽しみ方ができるので、なにから説明をすればよいか困ってしまう。読んでいてときめきが尽きない一冊。
 本著の魅力の一つとしては、当時の連載を順に読んでいく楽しさも大きい。例えば亀井文夫「戦う兵隊」のフィルムが見つかる前に「ぜひ公開してほしいものである」とコラムで触れた半年後、試写が可能になったエピソードは印象的。音楽を担当した古関と亀井へのインタビューも、上映直後に行われた様子で臨場感たっぷり。それぞれの批評が面白いのはもちろん、インタビューもスリリングで各作曲家の考えが鮮明に記されており貴重だ。
 だがやはり、一番の魅力は秋山の批評の明瞭さにあると思った。インタビューも前述のように豊富だが、その後の批評はそれを踏まえながらも自身の考えを貫いているのも面白い。そして映画音楽へのストイックな眼差しは作品へはもちろん、自身の批評へも向いている。過去の批評を引用し再考し、ブラッシュアップを続ける様に感服する。(M)

・広田厚司『ドイツ国防軍宣伝部隊 戦時におけるプロパガンダ戦の全貌』

潮書房光人新社/2021年02月26日発売//840円+税

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 ドイツの第二次世界大戦中のプロパガンダ戦略を、ゲッペルスを中心に据えつつ辿る一冊。プロパガンダ映画に関する本は読んだことがあったし、ドイツのプロパガンダ戦略に関しても一定の知識があったが、それはあくまでも映画に関する関心からプロパガンダ映画を読み解く内容のものが殆どだったので、別の角度から書かれた本著を新鮮な気持ちで読んだ。
 特に面白かったのは第1章で、宣伝省の役割や中心人物の紹介がされている箇所。こういう過去の政治や軍にまつわる書籍を時折読むと、誰と誰が何で揉めたとか、実現されなかった作戦など組織の”しょっぱい話”がそんなに辿れるものなのかと驚き、楽しめた。
 ただ、レニ・リーフェンシュタールに関してなどの映画製作を深く掘り下げた本ではないので、それを期待すると物足りなさを覚えるかもしれない。また中盤以降は事実の羅列という感じで、もともとの関心がないとつらめの内容だと思う。(M

 最初に書いておくと…映画好きにミリタリー識者は多いが、ぼくは”門外漢”以外の何物でもない。ゆえに、本書の内容の正確さについて論じる権利はない。この本を課題に選んだのは、専門外の領域に積極的に手を伸ばすべきだと思ったからだった。でも、今は後悔している。この本は掛け値なしにひどい。何行も句読点を入れずに垂れ流される固有名詞だらけの文章、章の中で何度も同じ内容の文章が姿を変えて立ち現れる不可思議、全体を通して基本的に事実の羅列ないし事態の要約でしかない点等々…はこのさい”門外漢”が口を挟むべきではない、脇に置いておこう。”映画本”に接近したごく一部、レニ・リーフェンシュタールについて記述されたたった4頁だけに目を向けたい。「ベルリン生まれの有名な女優兼女流監督」というあんまりな紹介文にも目を瞑るとしても、出演2作品/監督6作品にわざわざ言及しておきながら、タイトルが正確なのは『信念の勝利』のみであり、他はすべて著者が勝手に訳した独自題名──恥を知れ。しかも「女流監督を務めて」なんて珍表現も出てくる。検索すれば正しい邦題はただちに判るはずであるし、そもそもこの著者は同社から多くのドイツ戦史本を出しているわけで、ナチス政権やプロパガンダに精通しているはずの人物にとっては、ほんらい間違える方が難しいのではないか? 著者は「会社勤務の傍ら、欧州大戦史の研究を行う」と経歴欄に、文中には「二〇〇〇年に現役の仕事を終え」とある…いまは定年後研究者として活躍しているということらしい。が、たった4頁の映画記述でこれなのだから、”門外漢”には判断がつかぬとはいえ他の”専門”記述も大いに怪しいと言わざるを得ない。(Y

・藤津亮太『アニメと戦争』

日本評論社/2021年03月02日発売/280頁/2,000円+税

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 本著を読むにあたり色々と作品を初見・再見し、世代ではない殆どの作品の背景を知る作業は楽しかった。
 ただ本著が作品の評価や内容を、作者の発言や先行研究によって基本的に定めている点は気になった。また”当事者性”も本著の1つのテーマだと思うが、その検証が甘い部分もある。
 例えば『ヤマト』と『ガンダム』の価値観の違いに関するパートでは、作り手の年齢差により戦争・戦後体験が大きく異なることが作品の価値観に影響を与えているとしている。しかし著者も指摘する通り、中心人物である富野由悠季と松本零士は3歳しか歳が離れていない。その点を著者は「子供時代の三歳差は大きい」とし、「物心がついた状態で戦争を体験したか」という点に断絶があると述べるに留めている。ただ私は、地域差や家庭環境によっても戦争体験の影響に個人差は出るため一概に年齢では判断できないと思う。作者の体験と作品の関係性に関しては、もう少し慎重な検証が必要ではないだろうか。そして、体験に作家性や価値観が帰結しない場合もあるという視点の検証も同時に欲しかった。(M

 堅実にして誠実なアプローチ、地道な調査の集積、長年に亘って培われた確かな知識に裏打ちされた本である…というのは痛いほど伝わってくるのだが、想像したよりかなりライトな本だったというのが第一の印象。古くは『桃太郎 海の神兵』から、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』、そして近年の『風立ちぬ』『この世界の片隅に』までの戦争表象を読み解く試みだが、正直なところ250頁強では明らかに分が悪い題材選択に思える。作品の制作背景、時代背景、作り手の証言(雑誌、書籍などからのインタビューの引用)など、多くの情報が提示される読解は親切丁寧だが、むしろその明快な”読み解き”に作品を回収してしまってよいのかという疑問がある。文脈に落とし込むこと、紐付けること、意味づけること…はたしてそれは本当に作品にとって良いことなのだろうか。”読み解き”というものの功罪を絶えず考えさせられる読書だった。かつて「戦中から現在までを貫く大きな視座に欠けているという自覚」から長い間保留にしていた企画がついに結実したのが本書である、と「おわりに」では語られているが…2倍、3倍の分量で読みたかったと思えてならない。(Y

・ジャッキー・コリス・ハーヴィー『赤毛の文化史:マグダラのマリア、赤毛のアンからカンバーバッチまで』

原書房/2021年03月03日発売/272頁/2,970円+税

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 赤毛に対する偏見を、そもそも日本ではどれくらい多くの人が認識しているのだろうか。私は『赤毛のアン』のイメージは辛うじてあったが、本著で語られるような様々な偏見については恥ずかしながら全く知らなかった。しかし話をしているとYは一時期「赤毛の女性」でアダルトな映像を検索していた時期があるらしいし、私もそういえば初めて染めた髪色は赤(そこまで鮮明ではないが)だったりするので、無意識な潜在意識はあったといえるかもしれない。
 本著の特徴は、まず著者自身が赤毛であるということだ。成長の過程での経験も踏まえながら執筆されており、また最終章の「赤毛の日」にかけてはエッセイというか、赤毛の女性が赤毛を研究するドキュメントの様相もある。
 映画にまつわる箇所で言うと、カンバーバッチが赤毛で演じるのにぴったりともいえるシャーロック・ホームズ役で、ほぼ黒に近い色に染めたことや、オーソン・ウェルズが『上海から来た女』でなぜリタ・ヘイワースを赤毛にしなかったかなど、細かい考察がされていて興味深かった。(M

 赤毛といえば、極私的な記憶として一時期”Red Head”カテゴリのポルノを愛好していたという事実を読む前に思い出したのだけれど、読んでみると割と的外れな想起でもなく。本書は”赤毛”にまつわるイメージの根源を、考古学や遺伝子から、あるいは絵画や文学などの表象から紐解いていくが、その中で語られる”性的奔放さ”イメージの分析が、最終的に斜め上の結論に至って驚き。曰く、いうまでもなく赤毛=床上手は単なる擦り込みに過ぎないのだが…「パートナーの期待は性行動に影響するだろうか? これはすると思う、確実に。髪の色に対する文化的態度が、ベッドではっきり物を言い、自信を持ってふるまう許可のようなものを与えてくれているとしたら、より満足のいくセックスができるだろうか? まちがいなく。パートナーから積極的な反応を引き出すよう期待されていたら、嬉しくなって自身の性的魅力にもっと自信を持てたりするだろうか?」…なるほど。正直なところ、”映画本”に分類するには記述が少なすぎて無理があるものの、全編通して知らなかった事実には事欠かない。面白かった。(Y


* * *

〈その他・雑記など〉

 今月は読書が捗り紹介したい本もたくさん。近藤聡乃のエッセイ『不思議というには地味な話』は、こちらが勝手に抱いていた近藤聡乃像が変わるような、一方で鮮明になるような一冊だった。ゆったりした文体でありながら、嫌いなものや不思議な体験への鋭い分析が楽しく、不思議な心地に。
 田中ひかるの『月経と犯罪: “生理”はどう語られてきたか』はYにクリスマスごろに貰ったが読んでいなかった本。月経や月経にまつわる不調に対する偏見の歴史が細かく分析されており面白いのはもちろん、著者の文体が少し独特で楽しい。男性に都合の良い偏見が孕む矛盾をさらさらと指摘していくのだが、論点は極めて明瞭。むしろ過去の偏見と著者のさらさらっぷりの質感の違いが、その偏見の歪さをより分かりやすくしているのかもしれない。またこちらはまだ途中だが、この流れで紹介すると澁谷知美『日本の包茎 ――男の体の200年史 』もとても面白い。
 タイプが違う本で言うと水野しず『きんげんだもの』も最高だった。タイトルだけ聞くとそれはなんの本なの?という感じだと思うが、説明が難しいので調べて欲しい。感想としては、こんなにお話も、長い文章も、短い文章も、イラストも面白くてすごい!という感じ。なぜかみんな語りたがるが実は語るほど面白くないし、語るみんなもなぜかちょっとつまらなくて凡庸な感じになる映画『花束みたいな恋をした』の水野さんの感想もとても良かったのでおすすめです。(M

 毎月月末更新という目標を掲げていながら、2日も遅れてしまった。遅れた理由は、”生(命維持費用職)業”が多忙期であったために、夜は頻繁に唐突なダウン=寝落ちを繰り返し、読書予定時間を食い潰し、ぼくの読了が遅れたため。なさけなくも単純な原因。くやしいかぎり。
 話は変わるけれど、今回の『赤毛の文化史』はTwitterでの御提案をうけての選定でした。HKさん、ありがとうございました(モリー・リングウォルドへの言及はありませぬでした)。リクエスト、すごく嬉しかったので今後も募集です。必ず取り上げられるとも限りませんが、前向きに検討したいと思っています。みなさまなにとぞ。(Y)

では、今回はここまで。
次回は4月30日更新予定です。

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