シレジアの花嫁(セティ、カリン、ミーシャ)

 リーフの軍に合流してから、セティは長い話をカリンから聞かされた。ミーシャからも話は聞いた。セティが初めで出会ったその天馬騎士は、カリンと比べなくても寡黙であり、必要なことしか話さなかった。そしてセティには、必要なことすら話してくれていないように感じた。
 シレジアの飢えたこどものたちのために戦っていた彼女からみて、王子という立場でありながら父親を捜して国を出た自分がどのように見えているかは、彼女の冷たい視線が物語っている。いや、彼女の視線を冷たく感じるのは、単に自分の後ろめたさのせいかもしれない。
 彼女とともにシレジアを発ち帝国の傭兵となって戦った天馬騎士はみな死んでいる。
彼女はのちにセティに死んだ部下たちの名簿を渡した。セティが提出するように求めたものである。
名前と年齢、出身地方と家柄、そして相棒の天馬の名前が並ぶ。この文字列にどれほどの重さがあるのか、セティは王子であるからそれを背負わなければならない。ミーシャが将としてそれを背負っているように。

その名簿を手にしてから、時が過ぎた。リーフ王子の軍はセリス皇子の軍と合流を果たし、セティは彼らとともに進軍を続けるが、カリンやミーシャはシレジアに戻ることとなっている。
別れの日に、カリンは「お預かりしている『これ』をもって、シレジアで、お帰りをお待ちしていますから!」と言った。「これ」というのは、セティがカリンに渡していたシレジア王家の宝で、風使いセティ直筆の書である。王家に伝わり、妃の持ち物とされている「セティの書」と呼ばれるものであった。
ミーシャはその隣で口を開かなかった。そのミーシャにセティは声をかけた。
 「帰りには寄るのだろう」
 どこと言わずに問うが返事はない。
 「勝手なことだと君は思うかもしれないが、これを持って行ってほしい」
 言ってセティは一枚の書を取り出し、ミーシャとカリンに見せる。そこにはセティが書き写した傭兵天馬騎士と天馬の名が記されている。そしてその名簿の下に、彼女らの名誉を回復すること、シレジアのために戦ったことへの感謝がシレジア王子セティの名で記してある。
こんなことに意味があるかはわからないが、ミーシャはシレジアへの帰途、きっと彼女の仲間たちが死を迎えた場所に立ち寄ると思ったのだ。
「彼女たちの最期の場所の近くに聖堂があると聞いている。そこに納めてほしい」
シレジアに帰ることのない彼女たちのそばに、弔いと感謝の気持ちを添えておきたいのだ。聖堂は、天馬騎士たちが墜ちていった谷の緑をいつまでも見守ることだろう。そんなことに、意味はないかもしれないが。
ミーシャはその書をまじまじと見つめて、一瞬顔を伏せた。そしてセティの手から、恭しくそれを受けた。
「お預かりいたします。必ず聖堂に納めましょう」
 しっかりとした声で彼女は言った。
「セティ様の、書ですね」
 そんなことをカリンが言う。自分がいま胸に抱えている王家の宝と対比しているのだろう。
その書を持つものはシレジアの花嫁だというが。