間違い電話

もうずいぶん前だけど、一時期、携帯に毎日のように同じおばさんから間違い電話がかかってきていたことがあった。

もしもし、と出ると必ず忙しげに「きみちゃん?きみちゃん?」と呼びかけられる。

きみちゃんじゃねえよ、こっちは男の声で出てんだ、と思ったが、そうは言わず、間違いですよ、と最初の頃は優しく諭すおれであった。

しかしそれが毎日のように続くのである。次第に向こうのおばさんもちょっと友達感を出してきて「いつもすみませんねえ」とか言い添えるようになってきた。おれも「またですねえ」とか短く返答をするようになった。「きみちゃんの番号、登録した方がいいですよ」と懇切なアドバイスをしたこともあった。


あるとき急に間違い電話はばったりと止んだのだが、おばさん、おれのアドバイスに従ってきみちゃんの番号を登録したのだろうか。街ですれ違っても間違いなくそれとは気付かないだろうおばさんとの、人生のごく一時期だけの邂逅であった。大なり小なり、そんな人との関係が集積していって、人の人生はかたちづくられるのであった。

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