SFって面白いな……

つい先日までクリスマスソングが私たちの頭上を流れていたのに、気づけば【さくらさくら】の変奏曲が打ち寄せる波のように年の暮れと明けを突き付けてきます。

さて、かくいう私はここ最近SF小説にハマっています。副業のトレーナー業もそこそこに。布団の中で短編集を読み漁っております。昔から好きと言えば好きでした。

中学生の頃に【終わる世界のアルバム】(著:杉井光)の作品には人生を捻じ曲げられたといっても過言ではありません。おかげでこの有様です。

しかし、この作品がSFだと認識したのはそれこそ私にSF小説ブームが訪れてからであります。

そもそもSFとは何か。ScienceFiction。すこしふしぎ。頭文字の解釈は様々でありますが、私はStrangeFictionも1つなのではないかと考えております。つまるところ、空想科学でも、日常に入り込んだ非日常からは遠くても、私たちにとっての非日常こそが日常であり、そこに生きる人々の文化や考えを文字と行間に敷き詰めらた作品もSFなのではないのかと。

この考えに至ったのは【日本SFの臨界点 怪奇篇】(編:伴名練)が【ぎゅうぎゅう】(著:岡崎弘明)を引き合わせてくれたからであります。この作品は空想科学が登場しなくても(私の読解力のなさで無いと勘違いしているだけかも)、SF短編集に収録されている以上これはSFなのです。

SF作品の面白いところは、近未来や化学が発展した世界──大よそ人間らしさの欠如を想起させるテーマを主題に置きながらも、しかし、実に人間臭い行動を登場人物たちが繰り広げることです。

【終わる世界のアルバム】では気づけば人が消えてしまう世界にいながら、妙にツンツンした女の子と80,90年代洋ロックを聴き漁り。【ぎゅうぎゅう】では移動もままならぬ世界で遠く離れてしまった想い人の近くへ行くことを画策する。主人公たちは、その世界の──私たちからすれば──異常性を正そうとはしません。登場人物たちが、その世界に諦めを抱いていることもSFの特徴かもしれません。

人類は着実に発展しています。デバイスの進化によって、音楽は大衆から個人へチャンネルが細分化されました。SNSの発達により、内に籠りながらも攻撃性を発揮する場所を得ました。

人によってはこれを人類の退化。繋がりの希薄化と寂しがります。しかし、チャンネルの細分化により、少数派の多数から注目を得る機会を手に入れ、そして、少数派の人間の心を支える音楽が台頭したことも。SNSの発達により外に出られないなくても、優しさを求めやすい世界にもなりました。

結局のところ、人類も動物なので変化する環境に合わせて適応進化を繰り広げていくのではないでしょうか。そして、人間らしさをアップデートしていく。クリスマスソングのシーズンが過ぎれば、琴の震える音に耳を寄せて、次の予定を考える。退化や希薄化も、生きやすいように生きていくための必要事象。変わりつつある世界でも人間らしさを失分ければいいのではないかと稚拙ながら考えを巡らせる昨今であります。


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